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Instagramを考える3 Instagramとツイッター

 写真の編集加工をして、それを共有することが出来る、iPhoneアプリのInstagramが、今iPhoneユーザーの間で流行してきている。世界的に流行しているのかどうかという点に関しては意見がわかれているようだが、すくなくとも俺は面白いと思っているし、Instagramを覗いてみると、外国の人も含め、多くの人たちが楽しんでいるように見える。前回、述べたように、写真を加工することに抵抗を感じない人が増え、さらにiPhoneだけで気軽に写真を撮って加工しアップできるという簡便さが、Instagramの人気の背景にあるのだろう。まだ出来たばかりのサービスなのでどの程度人気が持続するかどうかはわからないが、おそらくこの人気は数ヶ月は続くのではないか。Instagramをつぶやきの代わりに写真を共有するツイッターと評する人もいるが、確かにそのような一面を持ち合わせている。だからもしもInstagramが他の写真共有サイトとの差別化を図ってツイッターと同じようなサービスを目指すのであれば、おそらくInstagramはツイッターのようにブームを引き起こす可能性がある。ただし、残念ながら、今のInstagramではツイッターと比較すると、決定的に欠けているものがある。このためInstagramが今と同じ状態を続けていくならば、半年か一年ほどでInstagramの人気は落ちるのではないかとも考えている。少なくとも他の写真共有サイトと同じ程度の評価しか得られずに終わるのではないかと思う。それでは一体何が欠けているのか。その辺りを考えてみたい。

 まず話を進める前にInstagramのサービスについて簡単に説明したい。以前にも書いたように、Instagramとは、iPhoneやデジカメで撮影した写真を加工しiPhoneアプリのInstagramを使ってウェブにアップするサービスだ。Instagramにアップすると同時に、Flickr、フェイスブック、Tumblrにも同時に写真をアップすることができる。またツイッターに告知して、Instagramのサイトにアップされている写真にリンクを貼ることもできる。

 もちろん写真をアップするだけが目的ではない。不特定多数のInstagramユーザーに写真を見せることが目的だ。Instagramはツイッターのようにフォロー、フォロワーで友達と繋がることができる。友達検索などで見つけた人達をフォローすると、ツイッターのタイムラインのように自分の写真とともに友達の写真も見れるようになる。それらの写真を見て気に入れば、フェイスブックにあるようなLike(気に入った)というボタンを押して写真を褒めることができる。またコメントを残すこともできる。さらにInstagramでは人気のある写真を見ることができる。そこの写真を見てLikeしたり、コメントを残したりすることもできる。もちろん、ここで見つけた人をフォローすることもできる。

 これがInstagramのすべてである。つまりInstagramとは、基本的には、自分の写真をアップし、他の人をフォローして、お互いにLikeボタンを押したりコメントを書いたりして、その人たちと繋がるというサービスだ。ツイッターと同じように、Instagramは他の写真共有サイトよりも、ゆるいつながりのような印象を受ける。あしあとなどの機能はないため、他の人の写真を気兼ねなく見ることができるし、コメントなど書かなくてもLikeボタンを押すだけで十分だ。だから大量の写真を見て気に入った写真に片っ端からLikeを押すことができる。コメントに何を書こうかと悩んだ挙句に、結局書けず仕舞いだったというようなことはない。ということで、Instagramの売りとしては、他の人の写真を探し回る手間がなく、自分のタイムラインに流れてくる大量の写真にLikeをどんどんつけていくことで、他の人と簡単に、コメントの内容やあしあとを気にしたりすることもなく、関係を続けていくことができるということだ。この辺りを見ていると確かにツイッターのような写真共有サイトと評されるのもうなづける。ただし、ツイッターと異なる点もある。それを知るためには、ツイッターについても簡単に整理しておく必要があるだろう。

 ツイッターでやり取りされている情報とはどのようなものだろうか?おそらく3種類に大別できると考えられる。一つ目は俳句やツイッター小説などに見られるような、発信者の芸術性や独自性が重要な要素となっている情報である。ぎりぎりまで無駄な表現を削って、自分の意見を過不足なく140字に綺麗にまとめて表現する編集や評論のようなものも、このような芸術的情報に含まれるだろう。

 2つ目の種類の情報は、多くの人たちにとって有益となる情報だ。どこの店がおいしいとか、この商品はいいとか、最近こういう服が流行っているとか、このテレビが面白いなど。自分の持っている情報を提供して、他の人が提供してくれる情報を取り入れる。そのような情報である。新聞社が配信している速報なども、この類の情報だし、企業がツイッターに利用しようとしているのも、ツイッターのこのような口コミ情報の類だろう。

 ツイッターでやり取りされている3つ目の種類の情報というものは、情報ではなくつながりを維持するための情報だ。日常のたわいのない挨拶のようなものである。今から仕事に行きます。とか今日のご飯はシチューです。などのつぶやきには有益な情報は入っていない。それは情報発信者もわかっている。これらの情報をやり取りをするのは、情報を共有したいわけではなくて、むしろ、情報を交換することによって他者と関係を持ちたいからだ。

 もちろんツイッターのつぶやきの情報を厳密に分けることはできない。例えばユーストリームを見ていて、自分の意見をつぶやいたとき、その情報が誰かにとって有益かもしれないということはありえる。しかし、つぶやいたほうは、ユーストリームを見ているという一体感を得たいためだけに、つぶやいたのかもしれない。まあ、そういうことで厳密に分けることはできないが、それでも大きく3種類の情報があるのは確かだろう。

 それでは、Instagramでは、どのような情報が共有されているのだろうか?Instagramでは、綺麗な写真や芸術的な写真を載せようと多くの人たちががんばっている。ツイッターの例で言えば、一番目の芸術的な情報をやり取りしようと試みていることになる。それが間違いだと言っているわけではない。ただツイッターでは、俳句や小説を書いている人たちがいる一方で、もっと有益な情報や、もっとゆるいつながりを求めたまったり系のつぶやきだけをしている人がいるなど、様々なニッチが存在する。Instagramでは、そのような棲み分けが、いまだなされていない。それが、ツイッターと比較して決定的に欠けているもののように思うのだ。

 世の中には芸術的な写真ばかりではなく、他の情報を含んだ写真というものは実際あるのだから、Instagramが他の写真共有サイトとの差別化をはかり、ツイッターのような路線を模索していくのであれば、芸術系でない情報を含んだ写真を気軽に乗せることのできる雰囲気を作り出していく必要があるだろう。例えば有益な情報をしては、新商品や近所のセール、新しい店の店内の様子など写真で表現できると思う。新商品の形や店の雰囲気など言葉では伝えにくい情報でも写真というメディアを使えば瞬時に伝わることもある。だから、2番目の有益な情報の共有としては、写真という媒体が重要な位置を占めていく可能性は十分ある。ツイッター利用の三番目の情報、すなわち他者とのつながりを形成するための情報はどうだろうか?写真だけで挨拶や日常のつぶやきに似た情報をやり取りするのは困難かもしれない。しかし、例えば今日のおかずなどは写真一枚で十分だし、ツイッターで「今日の味噌汁は、お豆腐の味噌汁です。」と書くよりも、湯気のたっている美味しそうな味噌汁の写真を一枚見せたほうが、より多くの情報を他の人に伝えることが出来るかもしれない。また町の様子や職場や学校の様子なども写真の方が臨場感を伝えやすいだろう。さらにスマートフォンでツイッターにつぶやく人が増えているし今後はもっと増えていくだろうと思うが、実はスマートフォンでつぶやくのは文字入力が結構大変だ。普通の人なら文字入力に一分か二分はかかってしまうのではないだろうか?それが写真ならば、Instagramを起動して、シャッターボタンを押して、アップするだけだ。写真の見映えなどを気にしなければ、おそらく一分もかかるまい。

 つまりツイッターに対応する3種類の情報はすべて写真という媒体を介して伝達していくことができる。そして、そのような情報を効率的に発信し共有していくことを可能にするのは、スマートフォンや携帯電話だと思われる。Instagramは、今のところiPhoneユーザーに限定されているが、アンドロイド搭載のスマートフォンや普通の携帯電話などからもInstagramのサービスを利用できるようにすれば、ユーザーの数はもっと増えるだろうし、ユーザー数に比例して利用の仕方もバラエティに富んでくるだろう。
 
 もう一つ、ツイッターと比較してInstagramに欠けているのは、新しい人との接点が乏しいという点だ。その原因はツイッターのようにリツイートする機能がないからだ。もしかしたら写真の著作権などの問題が絡んできているのかもしれない。しかし、リツイートしたことを目立たせたり、撮影者の名前を前面に出すことによって、写真の帰属問題は解決するだろう。むしろリツイートの利点の方が重要になってくると思う。リツイート機能によって、フォローしていない人の写真も自分のタイムラインに流れてくるようになり、結果として新しい繋がりが生まれてくるのである。Instagramの発展には新しい人とのつながりをいかに生み出していくかというのが重要になってくるわけで、リツイートはInstagramの発展には欠かせない機能のような気がする。

 以上、簡単ではあるが、Instagramの特徴と今後の課題についての独断と偏見に満ちた考えをだらだらと書いてきた。Instagramは今後おもしろい方向に発展する可能性を秘めたサービスとして注目できると思う。写真共有サイトの一つに納まることなく、ツイッターのように新しい方向に発展していったら、スマートフォンや写真文化などに大きなインパクトを与えていくのではないだろうか?最後になるが、Instagramのサービスは、大量の写真情報を瞬時に消費していくという点も興味深い。その辺りは、まだ考えがまとまっていないのだが、これからInstagramを使っていくなかで考えをまとめて、いつか時間があるときにでも論じてみたいと考えている。


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Instagramを考える2

 今日も引き続きInstagramの話をしたいのだが、昨日も言ったようにInstagramの特徴は2つ。一つ目は写真をアップする手間が極端に簡略化されたことだ。デジカメで写真を撮り、それをPCに移して写真を加工し、iPhoneに移して、そっからInstagramにアップするという従来の方法ももちろんあるし、そういう方法で芸術的な写真をアップしている人も多いのだが、iPhoneだけでも事足りるという点がInstagramの重要な特徴だと思う。デジカメもPCも必要ない。つまりiPhoneを持ち歩いていて、ちょっと気になったものが目に入ったら、iPhoneで写真を撮り、Instagramで写真を加工し、そのままアップできる。その間、ほんの1分程度。この手軽さはiPhoneというか、スマートフォンならではだろう。

 この手軽さがInstagramの魅力の一つだと思うのだが、もう一つ見落としてはいけない点として、昨日も言ったように、写真を加工するということに関してパラダイムシフトが起こったということが挙げられる。写真を修正・加工するということに俺が注目する理由は、写真を撮る人たちにとって修正・加工するという行為は踏み込んでは行けない禁断の果実のような領域だったと俺は考えているからだ。

 そもそも写真の世界の魅力とは、いかにすごい写真を撮るかということだと思う。一眼レフを触ったことのある人ならわかると思うが、見たものを見たままに写真に撮るということだけでも、実は結構大変だ。山の頂上から見た雄大な景色を写真に撮ったのに裏山から撮ったような何の変哲もない風景になってしまったとか、空を真っ赤に染める綺麗な夕焼けを撮ったら薄暗い空しか映っていなかったとか、真っ青な南国の海を撮ろうとしたらオートフォーカスがガチャガチャしてピントが合わずシャッターが切れなかったとか、真っ白な雪山を撮ったつもりが灰色の世界になっていたなどの経験をしたことがある人もいるだろう。見たままを写真に写しこむということだけでも結構大変でカメラや写真の知識を要する。もちろんカメラに内蔵されているプログラム機能で夜景モードとかポートレートモードとかを使うことはできる。しかし完全に自分の思い描いたとおりの絵を作り出すためにはISOやシャッタースピード、絞りの機能を理解し使い分けられないといけない。特にシャッタースピードと絞りを、いかに上手く使いこなせるかは写真の基本であり、醍醐味でもある。もちろん、写真には他にも知っておくべきことがたくさん。例えば、写真の構図やフラッシュのたきかたなどに関しての基礎的な知識は重要だろう。望みの構図を手に入れるためには広角レンズや望遠レンズを使いこなせることも必要になってくるだろう。さらにフィルターを使って、望みの色彩を手に入れたいと望むようになるかもしれない。簡単に言ってしまえば、写真と撮るという行為は、被写体を探し適切なレンズやフィルターをセットし、構図を決めてピントを合わせ適切な絞りとシャッタースピードで被写体を撮るという行為に他ならない。それに加えて現像室での焼き付け方なども必要になってくるだろう。つまり写真とは現実にある被写体を切り取ってきて自分の編集・加工を加えた世界を描く行為だといえる。

 さて、写真を撮る行為が編集と加工という行為ならば、写真を加工するということに、別段、拒否反応を示さないんじゃないかと思うかもしれないが、おそらくそれは間違いだ。そもそもフィルムの時代には写真は現像するまで、どのような写真になっているかわからなかった。だから一回きりのチャンスで思ったとおりの写真を撮れなかったら、修正は極めて困難になる。だからこそ、シャッターを切る瞬間というのが、とても神聖な瞬間になっていたし、いい写真が撮れたときの感動も大きかったのだ。そして、そのような困難な作業だからこそ、カメラが好きの人たちは、自分の技量に誇りを持てる。逆に言えば、そのような技の競い合いをする場に、「ずるい」ことをする行為はご法度だ。今はどうか知らないが、ちょっと前まで写真コンテストはフィルムでないと駄目だったし、たしか加工してはいけないという注意書きがあったと記憶している。いまでもフォト蔵などの写真共有サイトでは、写真好きの人たちが綺麗な写真を並べているが、ほとんどの写真は自然な感じで、加工などは施されていないような写真ばかりだ。もちろん加工している人もいるだろうし、またプロの世界ではPhotoshopなどを昔から使って写真を加工していた。しかし多くの素人写真マニアの間では、おそらく写真を加工するという行為はどことなく後ろめたい気持ちが付きまとっていたのではないかと思う。

 このような感覚が薄れてきた理由として写真を撮る人の層が変わってきたことが挙げられると思う。つまり安価で簡単な操作ができるカメラや使い捨てカメラがこの30年余りで世界中の隅々にまで普及したからだ。写真やカメラの技術には興味はないが、写真を撮ることは好きという人たちが増えたということ。彼らにしてみれば、撮れた写真という結果だけがすべてであり、写真を撮るという行為には興味がない。だから、最終的に仕上がった写真が綺麗でかっこよければそれだけで十分なのだ。

 また、加工技術が発達してしまった今、その写真がどのように撮られたのか、どのように出来上がったのかということは重要ではなくなったのかもしれない。大変な思いをして撮った写真も、合成写真も、結果としての写真が同じレベルなら、その写真の価値は同じだということになってきたのかもしれない。このあたり、データベース消費という概念と似ているかもしれないだろう。それぞれの写真のバックグラウンドの情報は必要ない。その写真を見て感じた断片的な情報だけに価値が置かれており、撮った人や撮った経緯に関しての情報はほとんど重要ではなくなってきている可能性がある。(ただし次回に書くようにInstagramでは、撮った人の情報は残されている)

 話をもどすが、写真を撮るという行為から写真自体に焦点がシフトしてきたのだと思う。つまり、昔なら写真を鑑賞する人は、写真を撮るという行為を知っていたために、写真を見て、その写真がどのように撮られたのかということに思いを巡らせることができたし、そのようなことも加味して評価を与えることが出来た。しかし今では写真撮影者も写真の鑑賞者も、写真が綺麗かどうかだけしか判断基準がないのだ。このようなメンタリティが写真を加工するということに抵抗を感じさせない要因ではないかと思う。

 さらに、もう一つ、このような傾向に拍車をかけたのがiPhoneの存在だろう。他の日本の携帯電話はデジカメ並みの画素数を誇っているようだが、iPhoneは3GSまで画素数が少なくフラッシュ機能も望遠もない、10年か15年前の初期型デジカメ程度の性能しかなかった。だから、もともと綺麗な写真を撮るという行為がほとんど不可能な世界だった。それを逆手にとって、遊び系の写真加工という方向が模索されていった。つまりiPhoneで写真を撮るという行為は、綺麗な写真を撮るのではなく、もっと気軽に楽しい写真を撮るという方向に発達していったように思う。トイカメラやポラロイド風のカメラが人気だったのは、iPhoneのカメラの用途が、それらの方向性と親和性が高かったからだろう。いい写真を撮りたければ、一眼レフのデジカメや性能のよいデジカメを使えばいいだけであって、わざわざiPhoneを使って芸術的な写真を撮る必要はない、というのが普通の人の考えだったように思う。だからこそ、iPhoneではいかに上手く写真を撮れるかという行為ではなく、いかに写真を加工するかということに焦点が当てられてきたように感じる。しかし実際にはiPhoneの写真加工アプリなどは機能が限られているし、機能が充実したとしても、複雑な写真加工などiPhoneの画面上で出来るはずもない。だから白黒にするとか、セピア色にするとか、全体的にぼかすとか、その程度の限定的な加工しか出来なかった。その結果、加工技術で腕を競い合うというようなことはできず、単にトータルに写真を見て、その写真がいいか悪いかということが重要になってきたのではないかと思う。

 そこにきてInstagramが登場した。そこは綺麗な写真を撮って発表する場ではなく、普通の写真を綺麗に見せる場なのだ。つまりコンパクトカメラやデジカメの普及で写真を撮るという行為から写真自体にポイントが移ってきたこと、そしてトイカメラやポラロイドを楽しむ若者文化に似た写真文化が、限定された機能しか持たないiPhoneカメラで開花してきたことの、二つの事象が重なり合って、Instagramが流行しているのではないかと思う。

 それでは、Instagramは今後どうなっていくのだろう。Instagramが今後路線を変えずにいったら、半年ぐらいで人気は下降するのではないかと思う。その理由はInstagramでは綺麗でかっこいい写真だけにこだわりすぎているように見えるからだ。Instagramが他の写真共有サイトとの差別化をはかり多くのユーザーを増やすためには、どんな写真を共有するべきなのか?その辺りを、ツイッターと比較しながら、次回考えてみたい。



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Instagramを考える

 はっきり言って眠いです。でも、ここで書かないと、また数ヶ月放置してしまいそうなので、駄文で恐縮ですが、とりとめのない話をだらだらと書いていきたいと思います。ブログというよりも、ほとんど文章を書く練習というかリハビリみたいなものになってしまっているので、何言ってんだみたいな感想を持つかもしれませんが、ほんと140字以上の文章が書けないんです。なので大目に見てください。よろしくお願いします。

 で、本題に入りたいと思うのだが、昨日予告したとおり、今日はInstagramについて話してみたい。先週、俺はInstagramというiPhoneアプリをダウンロードした。写真を見せ合うSNSで、簡単に言えば、つぶやきの代わりに写真をアップするツイッターのようなものだ。Instagramは最近出来たばかりのアプリらしいのだが(ウェブでInstagramに関する記事を読んでみると10月上旬ぐらいに出来たらしい)、最初の一週間ほどで10万ダウンロードされたという。それがどの程度すごいのかということはあまりピンとこないが、多くの人が枕詞のようにInstagramの説明の最初に書いているので、おそらく、すごいことなのだろう。まあ一人だけ、Instagramは日本の一部でしか盛り上がっていないのではないかという見方をしている人もいたのだが、とりあえず普通のアプリやSNSよりもすごいということで話を進めたい。ではInstagramは、なぜこれほどまでに人気になったのだろうか?そして、それは一過性の人気なのか、それとも持続的な人気なのだろうか?その辺りを少し考えてみたい。

 そもそも写真を共有して評価しあうというサイトは前からあった。写真サイトが多くの人をひきつける理由には二つあると思う。ひきつける理由というよりも、利用の仕方が2つあると言った方が正しいか。一つは自分の撮ったスナップ写真を友達や家族と共有するという使い方だ。知らない人に見せるのではなく、友達や知人に自分の写真を見せたいと思ったとき、わざわざファイルサイズの大きな写真をメールで送るよりも、サイトにアップしておいて、見たいときに見れるようになっているほうが、写真を見せるほうも見るほうも楽だろう。写真を保存しておけるサイトというのは昔からあったし、その多くがこのような使い方だったと思う。また個人のブログやHPに写真をアップするのも、このような動機からというケースが多かったのではないだろうか?これらのサイトの利用者は見るほうも見せるほうも共に見たい・見せたいという欲求が強かったように思う。つまり、写真を見せたいが見せる手段が、プリントされた写真を手紙で送るよりもメールの方が楽で、メールで重たい画像ファイルを送るよりもサイトにアップした方が楽だという流れで、サイトにアップする方法がとられたというような気がする。最近流行っているフェイスブックも友達や知人に写真を見せるために写真をアップする人が多い。だから芸術系の学生とか特別な人たちの写真を除けば、スナップ写真が多いし、内輪で楽しむ写真がほとんどだ。ただフェイスブックが若干異なるのは、見せたい対象が少し広がっているということにある。見せる人と見る人以外に、関係のない人達(見せる人か見る人と何らかの関係を持っているが、両者と写真を共有するという間柄ではない人たち)も写真を見ることが出来ることが多い。もちろん赤の他人のブログやHPにアクセスしたら、たまたま見知らぬ人たちの写真を見たということもあり得るが、フェイスブックは、ある程度距離が近い。例えば学校で顔は見たことがあるが、話したことはないという、違うグループに属するクラスメートのパーティーの様子などを見ることが出来るというのはフェイスブックならではだと思う。その辺りにフェイスブックの新しい可能性があるのだろう。

 話を戻すが、このように知人や友人・家族に見せるという利用法が一つ目だが、もう一つは自分の写真を多くの人に見て欲しいという欲求を満たす利用法だ。もともとは写真マニアなどしか、このような欲求は持っていなかったと思うが、コンパクトカメラやデジカメが普及して誰でも気軽に写真が撮れるようになった。その結果、多くの人たちが写真を撮る喜びを覚え始めた。つまり写真を撮るということはプロでなくても楽しめるようになったのだ。しかし、写真は撮れても、写真を発表する場があまりなかった。昔はコンテストなどに応募するか、友達が家に来たときに見せる程度だったのではないだろうか?10年ほど前からHPやブログなどが発達してきて発表しやすくなったとはいえ、ネット上に点在してしまっていては、写真を効率的に見てもらうことはできない。だから写真をアップしたHPが繋がるグループを作ったり、写真専用のブログとして登録したりしていた。そのような涙ぐましい努力をしてきた人たちにしてみたら、Flickrやフォト蔵などは画期的なサービスだったと思う。なぜなら、何もしなくても、写真好きが集まってきて、自分の写真を見てコメントまでしてくれる。夢のようだ。

 俺も実はFlickrとフォト蔵のアカウントをとって、ちょっとだけ写真をアップしたことがある。他の人たちの写真にコメントしたら、コメントを返してくれて、結構楽しかった。しかしちょっと大変な面もあった。なんせアップする写真をそろえるのが大変だ。HDに保存されている昔の写真から不特定多数の人たちに見せてもおかしくない写真を探してくるのは結構大変だし、ストックがないからといって、芸術的な写真をばしばし撮ろうと思っても、プロじゃあるまいし、そんなに撮れるわけもない。さらにPCからサイトにアップするのは結構面倒くさい。Flickrやフォト蔵もiPhone経由でアップすることもできるのだが、デジカメからPCに移して、そっからドロップボックスに入れてiPhoneに転送し、それをアップするというのは結構めんどい。ということで、結局面倒が重なってサイトに行かなくなり、行かなくなると、他の人のコメントに返事書けないから、もっと行きづらくなり、という悪循環が重なって、ようするに挫折する。少なくとも俺は一週間で挫折した。

 そんな俺がInstagramを評価しているのには理由がある。そして、その理由が、おそらく一ヶ月あまりで多くの人を魅了した理由なのではないかと思うのだ。それは簡単に写真を加工してアップできるという点だ。これはもう何度となく言われ続けているので、別に大したことではない。ただ、写真をウェブにアップする容易さという点ではなく、この加工という点に関しては、フォト蔵やFlickrユーザーがあまり重視してこなかった、もっと言えば忌避してきたものではないかと思う。忌避は言い過ぎかもしれないが、少なくとも多くの人たちは加工した写真を使うことに関して抵抗があったのではないかと思うのだ。つまり、少し大げさな言い方をすれば、Instagramが流行った背景として、写真の加工という点にかんしてパラダイムシフトを起こしているのではないかと思うのだ。そして、そのような流れはiPhoneの写真アプリですでに起きていた。ちょっと眠いので、次回に続く。


Instagramで遊んでみる

今日こそ、ブログを再開させるぞと意気込んでいたのだが、結局書き終わらないまま、こんな時間になってしまった。今日はInstagramについて感想とかを書いていたのだが、どうも長い文章が上手くかけなくて。実は140字のつぶやき思考になってしまっているんです(笑)。

ということなので、明日にはなんとかInstagramの感想をアップしたいと思うが、今日はInstagramで何をしているかということをちょっとだけ紹介したい。

InstagramとはiPhone用アプリで提供されている写真共有SNSみたいなもの。まあ、要するに写真をアップして皆で見てお互いに褒めあいましょうというのりなのだが、これがとても面白い。で、どういう写真を撮っているのかということで、他の写真共有サイトだったら、そのサイトの自分のページみたいなものをリンクさせればいいんだけど、残念ながらInstagramにアップされている写真は基本的にInstagramのアプリをダウンロードした人しか見ることができない。で、今のところInstagramはiPhoneでしか提供されていないので、要するにiPhoneユーザー以外は基本的に写真を見たりコメントを書いたりすることが出来ないということになっている。写真の一枚一枚はInstagramのウェブで見ることは出来るが、すべての写真をまとめて見たりすることはできない。これは本当に残念なことなのだが、そのかわりInstagramはツイッターやFlickr、Tumblrなどに送ることが出来る。

例えば俺のTumblrのページは
http://kemmaarch.tumblr.com/です。

見てもらえばわかるが、まあ結構いい感じに撮れているように見えると思う。実は写真自体は普通なのだが、エフェクトをかけるだけで結構いい感じの写真になるのだ。Tumblrで見ると感動は少ないかもしれないが、iPhoneの小さい画面で見ると、もっとすごい写真に見える。まあ、そういう写真を皆で見せ合って楽しんでいるのがInstagramだ。明日は、このInstagramの世界について、もう少し書いてみたいと思う。


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私は、保守主義のコミュニタリアンです。文化相対主義を追求するなら、すべての文化を尊重する保守主義しかないと信じています。ただリベラルと保守はある程度両立する概念だと思っているので、基本的にはリベラルでもあります。なので、自分としては中道右派ぐらいのつもりです。日本が好きです。時々右よりの発言をします。でも危ない人間ではありません。構造主義が好きなのですが、ポストモダンも好きです。あとマルクスも好きです。

専門は考古学です。地理情報システム(GIS)や統計学、空間分析、文化人類学(特に宗教人類学と経済人類学)、社会思想、進化考古学、景観考古学、人文地理学、数理生物、行動生態学などを勉強してきました。CRMや少数民族の文化復興運動についてもいろいろと考えています。最近はサブカルチャー特にオタク文化に興味があります。経済学は大の苦手です。

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