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ライトノベルとケータイ小説1:二つのサブカルチャー

先日、日本に戻ってきて重大な事に気がついた。

仕事がない。お金を稼ぐ手段がない。

もともと金のための勉強などは邪道だと信じ、人類学や社会思想というものにすべてを捧げてきた俺の末路はホームレスか、はたまた自殺か二つに一つ。
MBAでもとっておけば、もう少しましな人生をおくれていたかもしれないと思うと、なんとも悲しい限りである。
勉強量だけだったらビジネスメジャーの奴には負けていなかったつもりなのだが。。。
まあ、後悔、先に立たずというやつか
といってもネットにコンピューターをつなげて、ブログなど書いて、のうのうと生きている人間なので、それほど切羽詰ってはいないのも確かだが、日々、状況が悪化しているのも確か。
どっかから資金を調達しなければ
そういうことで、2週間前に日本に帰ってきて、♪お金のなる木は無いっかな~♪と歌いながらジュンク堂を回ってみたところ、意外にも金になりそうな本をすぐに見つけてしまった。
これは神の啓示か?と思いながら手に取った。
その名も

「オタク成金」

保守主義だが、マルクスに傾倒していた俺は、金なんかに興味はない。
貨幣の物象化など私には通用しないのだよ、資本主義の豚どもめ!
と勇ましく言ってはみたものの、飯を食うぐらいの金はないと困る。
出家して裏高野に入って魑魅魍魎と戦うのもいいが、いつかは結婚したいしな。
ロアナプラに行って海賊稼業というのもいいが、実際シェンホアは好きだし、でもロアナプラに入る前に手前の橋で殺されそうだし。
とにかく、この際、成金でもなんでもいい。
マルクスは好きだったが、もうやめた。今日から、資本主義万歳のリバタリアンにイメチェンしよう。どうせ稼ぐなら長者番付でい!
「虎だ!お前は虎になるんだ!」と自分に言い聞かせながら、オタク成金を読んだら、ライトノベルというものの存在を知った。
そして若き日の記憶がフラッシュバックのようによみがえってきた。
そうだ!俺の夢は作家か映画監督かゲーム製作者になることだった。

ライトノベル

いいじゃん。楽しそうじゃん。
俺はこんな職業を待っていたんだよ。
というわけで、ライトノベル作家になるべくライトノベル作家養成のハウツー本を何冊か立ち読みしてみた。
あまり自慢するのは嫌なのだが、アイデアなら誰にも負けないという自負がある。
しかし。。。と、ハウツー本は言う。
「アイデアだけでは一発屋になっちゃうぜ。コンスタントにお金を稼ぎたければ、魅力的なキャラを作り出しな」、と。



魅力的なキャラ?



魅力的なキャラ??



魅力的なキャラ~???



俺の彼女しか思い浮かばないんですが。。。
うん?ちょっとまて。
俺の彼女からイメージされた彼女の分身とも言うべき愛おしいキャラが、あんなことされて、こんなことされて、俺のエロい妄想の中で弄ばれて、世の中にさらしものにされるのか。
ちょ、ちょっと興奮するが・・・。
いや!許さん。断じて許さん。俺のキャラは俺だけのもの。誰にも渡すもんかぃ!
やっぱりライトノベルはやめておこう。
他にないのか、生きる道。
と、そのとき、去年、ふと小耳に挟んだ、面白い話を思い出した。

ケータイ小説

なんでも最近の出版業界ではケータイ小説という素人が書いた稚拙な文章の小説が流行っているという。
稚拙どころか日本語にすらなっていないとか。
ライトノベルがだめでも、ケータイ小説作家ならどうなんだ?
文学的才能はないが、いちお日本語ぐらいは書けるぞ、俺。
ライトノベルですら書けそうにないボキャ貧の俺でも、すかすかで余白だらけのケータイ小説なら。。。
そんなことを考えながらケータイ小説とは何か?みたいな新書版の本を一冊読んでみた。
そして確信した。

これならいける!

とりあえず難しい言葉は使わなくていいらしい。
いや、むしろ、使ってはいけないらしい。ボキャ貧天国じゃねーか。
神さまが俺のためにつくってくれたような職業。
これが世にいう

天職

というやつか。
そういえば、マックス・ウェーバーは言っていたっけ。
天職を黙々と粛々と全うすれば、いつかお金がじゃーらじゃらが、プロテスタント的資本主義の精神って奴なんだと。
楽しく稼ぐ。まさにケータイ小説作家冥利に尽きるとはこのことか。まだ作家になってねーけど。
で、何を書けばいいのかな?
とりあえずケータイ小説には魅力的なキャラは必要ないっと。(ラッキー!)
要は自分の日常にちょっと色つけて書けばいいだって?(楽勝じゃん!)
まあ、高校生の日々というものは遠い昔の話だが、俺にも高校生という時代が確かに存在していたはずで。
今はもう使われていない脳細胞のどっかに、高校生の日々ってのが保管されてるはずだから、頭を壁に2,3回打ちつければでてくんだろ。
で、あと必要なのは高校生の感性か。
高校生の感性とやらからは、少しと言うか、だいぶ乖離してしまっている俺の感性だが、その点に関しては問題なし。俺の完璧なプラン、その名もホップ・ステップ・ジャンプをご紹介しよう!


1.コラーゲンを摂取してぷりっぷりの肌に戻す(ホップ!)

2.だいぶ無理して学生服を着てマックに通う(ステップ!!)

3.女子高生の会話を盗み聞きして高校生の感性を取り戻す(ジャンプ!!!)



もらった~。ばら色の人生!
思えばマイケル・J・フォックスの映画「摩天楼はばら色に」が公開されてから20年。
エレベーター止めてエッチとかは出来ないけれど、俺にもやっと「ばら色の人生」とやらが来るんだね!
と、思った矢先に気がついた。


俺はケータイで文章が打てなかった。


というか、その前にケータイすら持ってねーじゃん、俺。。。


ということで前置きがものすごく長くなってしまったのだが、作家になる夢は脆くも崩れ去ってしまった。
しかし、ここ数日のジュンク堂での緻密な現地調査の結果、日本にはライトノベルとケータイ小説という二つの独特なジャンルがあることを知った。
この二つの媒体は二つの大きなサブカルチャーによって支えられているようである。
つまりライトノベルはオタク系文化の若い世代(高校生とか)により、ケータイ小説は普段小説を読まない中学・高校生(特に女子)によって支えられているという。
僕ちゃん17歳!とか言ってたら詐称罪で警察に捕まってしまうような歳になってしまった俺からみると、どっちも、きゃぴきゃぴの若者文化でハイ終了と言えなくもないのだが、どうもそう単純でもないらしい。
この違いは別に関東と関西の暴走族の違いというわけでも、暴走族とチーマー(←死語?)のような違いでもない。

言うなれば、アリゲータークロコダイルぐらい違うのだ。

つまり、






素人目には、どうでもいい






ということではない。






そうではなく生息地が違うということだ。
むろん考え方も異なる。
では、どのような違いがあるのだろうか。
それが今回述べてみたいことである。
そしてこの違いはこれからの、日本の、いや世界の経営戦略を見直す契機になるのである!

と俺が勝手に思っているだけの話なのである。
ということで、ここから本論に移りたいと思っていたのだが、予想以上に前置きが長くなってしまったので、今度書きます。


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右よりの内容ですが、もう一つブログを書いています。右よりの話でも大丈夫な人や日本が好きな人はいちど覗いてみてください。
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私は、保守主義のコミュニタリアンです。文化相対主義を追求するなら、すべての文化を尊重する保守主義しかないと信じています。ただリベラルと保守はある程度両立する概念だと思っているので、基本的にはリベラルでもあります。なので、自分としては中道右派ぐらいのつもりです。日本が好きです。時々右よりの発言をします。でも危ない人間ではありません。構造主義が好きなのですが、ポストモダンも好きです。あとマルクスも好きです。

専門は考古学です。地理情報システム(GIS)や統計学、空間分析、文化人類学(特に宗教人類学と経済人類学)、社会思想、進化考古学、景観考古学、人文地理学、数理生物、行動生態学などを勉強してきました。CRMや少数民族の文化復興運動についてもいろいろと考えています。最近はサブカルチャー特にオタク文化に興味があります。経済学は大の苦手です。

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