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「オタク学入門」はおすすめです

オタク学入門を読んだ。興味深い話が多くておもしろく、しかも読みやすい文章なので、まだ読んでない人はぜひ読んでみてください。ここでは、時間のない人のために、とりあえず、重要そうな箇所を抜粋しておきます。

オタク学入門の最後に次のような文章がある。

オタクなものの見方、オタクな楽しみ方を学んで、人生を豊かにしてもらえれば幸いである。(376ページ)



なぜオタクなものの見方、オタクな楽しみ方を学ぶことが人生を豊かにすることにつながるのだろうかと疑問に思う人もいるかもしれない。それについて、岡田さんは次のように言っている。

アパレル業界でボリュームゾーンと呼ばれる人々、世間がフツーの人と呼ぶ人々は今や何も欲しいものがない。つまり何が欲しいか、何が楽しいか、何がしたいかわからなくなっている。

(中略)

世の中がつまらなくなった、というわけではない。世の中にメジャーな流行がなくなっただけだ。今までだったら、ちょっと回りを見回せば猫も杓子もやっている「楽しいこと」が必ずあった。・・・今や「これ!」というものがない。・・・マスコミまで、「価値観の多様化」といって、流行を捕まえたり先取りしたり生み出したりという作業をあきらめてしまった。

(中略)

 他人のやっている「面白そうなこと」を真似してきたボリュームゾーンの人々は道を失って呆然としている。誰でもいい。「これは絶対おもしろい!」といってくれるものに飛びつきたい気分だ。
 それに比べ、オタクたちは「社会適応力がない」とまでいわれるほど、自分の「おもしろい」に敏感で忠実だ。いつもおもしろいものを見つけ、楽しんでいる。
(60-61ページ)



ようするに、流行に流されている人たちってのは自分たちで楽しさを見つけられないでいるわけだ。というか、そもそも自分の考えがない。だから人の真似しかできないわけである。大量消費社会においては、こういう自分で考えない人たちが重要だった。皆が買っていると言えば買ってくれる。時代に乗り遅れると言えば使ってくれる。モノの本質的な価値など、そこまで重要ではなくなっていく。それよりも、いかに宣伝し、いかに売るかということが重要になってくる。そして、消費者は、生産者の思い通りの行動をしてくれるのだから。生産者側からすれば、とても魅力的な消費者である。

しかし時代は変わった。これからさらに変わっていくだろう。その時に、自分で楽しみを見つけ出せるオタク的な人たちがこれからの主役になるのだと岡田さんは考えているようだ。

それではオタクな見方や楽しみ方とはどのようなものか?

岡田さんは、粋の眼、匠の眼、通の眼の三つの視点が重要なのだという。そして、オタク学入門で述べられていることのほとんどは、この三つの見方がどのようなものかということである。それを、様々な例を通して教えてくれているのだ。だから、この三つの視点を理解できたなら、この本を読んだも同然なのだ。

ここでは、その三つの楽しみ方を簡単に紹介してみたい。



粋の眼

自分独自の視点で作品中に美を発見し、作者の成長を見守り、楽しむ視点だ。(119ページ)


これは画家の画風を楽しむのと同じ態度だ。
ルノアールの、あの特徴的な色彩を楽しむ。
ゴッホの、絵の具をカンバスに盛りつけるような画風の確立を追いかける。
 その作家のそれまでの作品を理解し、傾向の変化を楽しみ、画風の確立の時期を読んだり、確立した画風による作品群を「画風」の応用として理解したり、その中の変化を楽しんだりする。また、それが同時代や後世のどの作家に影響を与えたか、美術史の中で、どんな意味を持つのか。
 こういう態度を、アート界では「アートの文脈を読む」と表現する。古来日本でもこの視点は「粋人」と呼ばれた美の鑑定者のみが持ちえたものとして尊敬された。オタクたちも「文脈と読む」というアートな作業を怠らない。
 こういった作品の見方を、僕は「粋の眼」と名付けよう。作品を単なるお話としてみるのではなく、「クリエイターのセンスの結実」として捉える眼。その作品群を時代的に位置づけ、歴史的に評価する「鑑定家の視点」のことだ。(121-122ページ)




匠の眼


「匠の眼」は作品を論理的に分析し、構造を見抜く科学者の視点だ。同時に技を盗もうと見抜く職人の視点でもある。(123ページ)



構造を見抜く科学者の視点とは、どういうことだろうか?
例えば、何かのシーンをみて感動したとする。
普通の人は、「感動したね」で終わるところを、そこから一歩踏み出し、なぜ感動したのかを説明しようとする。
つまり感動した理由を解明しようとするのである。それは撮影方法と関係しているかもしれないし、脚本と関係しているかもしれない。
それは、もし撮影方法などが関係しているのだったら、技術的な理由があげられるかもしれない。もしかしたら、光の加減かもしれない。
脚本なら、ストーリーの意外な展開が原因かもしれないし、もしかしたら心理学的要因が働いているのかもしれない。
とにかく、なぜ?という疑問に答えようとする眼、それが匠の眼だという。
そして、この眼を養うためには技術的な知識はもちろんのこと、その他の知識も総動員される必要がある。



通の眼

作品の中にかいま見える、作者の事情や作品のディテールを見抜く目だ。作品内にスタッフたちの情熱や葛藤といったドラマを見出す視点。(127-128ページ)



もっと詳しく説明している箇所を引用しておく

 アニメや特撮・漫画といったジャンルの作品も、無名のスタッフたちが功なり名を遂げるためにつくられたものだ。クリエイターたちの自分を認めて欲しい、有名になりたい、一儲けしたい、といった欲望と、個々人の個性がぶつかり合って、様々なドラマが生まれ、いくつもの伝説が語り継がれることになる。

(中略)

 これを読み取り、楽しむ野次馬根性、ジャーナリスティックな視点を「通の眼」と呼びたい。事情通・業界通という意味だけではない。老舗の伝統や格式に理解を見せ、ビギナーを奥深い世界へと案来する「通人」の視点だ。
(275ページ)



まあ、ようするに、作家や出版社の生い立ちや成り立ち、バックグラウンドなど、様々な要素を加味して作品を様々な側面から解釈していくことではないだろうか。




このように3つの視点によって様々な楽しみ方を見出していくのが、オタク的見方であり楽しみ方であるというわけである。

さて、このような楽しみ方は実際に役に立つのだろうか。

私は役に立つと思う。

大量生産された物を消費する時代はとっくに過ぎてしまった。大量消費ではなく、あるモノを多角的に楽しむということは、おそらく大量消費という無駄を省く上で重要になってくると思われる。流行だけに反応して機械的に消費していた大量消費の人間とは違い、江戸文化が示すように、オタク的と呼ばれる楽しみ方は人生を豊かにし、なおかつ文化をも豊かにしていく可能性があるのではないかと期待している。機械的な大量消費の時代よりも人間らしい時代が到来すると思う。

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私は、保守主義のコミュニタリアンです。文化相対主義を追求するなら、すべての文化を尊重する保守主義しかないと信じています。ただリベラルと保守はある程度両立する概念だと思っているので、基本的にはリベラルでもあります。なので、自分としては中道右派ぐらいのつもりです。日本が好きです。時々右よりの発言をします。でも危ない人間ではありません。構造主義が好きなのですが、ポストモダンも好きです。あとマルクスも好きです。

専門は考古学です。地理情報システム(GIS)や統計学、空間分析、文化人類学(特に宗教人類学と経済人類学)、社会思想、進化考古学、景観考古学、人文地理学、数理生物、行動生態学などを勉強してきました。CRMや少数民族の文化復興運動についてもいろいろと考えています。最近はサブカルチャー特にオタク文化に興味があります。経済学は大の苦手です。

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