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『検索バカ』を読んだ

朝日新書から出ている『検索バカ』という本を読んでみた。この前、言ったように、第二章からは検索に関することではない。
検索する人
 ↓
自分で考えずに安易な答えを求める
 ↓
自分で物事を判断できない
 ↓
人の意見・判断に委ねる(アマゾンレビューとかランキングなど)
 ↓
クウキを読まないと生きていけない社会になってしまっていないか?
 ↓
以前は世間の目が行動を律していた
 ↓
地域共同体の崩壊とともに、世間の目がなくなった。
 ↓
世間やクウキなどは必要ない!個人がすべてなのだ
 ↓
自分で考えよう。

という感じの論を進めているのだが、ようするにクウキとか世間というのを出しちゃうとこが朝日らしいといえば朝日らしい。ついでに、空気をクウキと意味もなく、カタカナ語にするのも、朝日らしい。そっち方面の人って、カタカナ語が好きだよね。まあ、いいや。

あと、この本は相当、説得力に欠ける。というのも、新聞やワイドショーのニュースネタ以外は、著者の若い頃や子供の頃の体験談を元にしているからだ。もちろん、そういうのもありだし、そんな出来すぎた話は嘘だって頭ごなしに否定してはいけないんだろうけど、体験談の数が多すぎるんだよね。ここまでいろいろ書かれると、なんかすべて出来すぎじゃねー?って感じてしまう。まあ、そういう感じなので、すこし説得力に欠ける。

あと、やっぱ、50歳か60歳になってまで諸手を挙げて個人主義を礼賛しちゃってると少し頭悪いんじゃない?って印象を受けてしまうのも事実。そのあたりのサヨク的言説を受け流せるのなら、同意できるとこも多いから、ある程度、楽しめる本だとは思う。まあ、そういう感じなので、第二章以降は読む価値があるのかどうかは、本屋で立ち読みして判断して欲しいのだけど、第一章は面白かったと思う。

第一章は、タイトルどおりの内容で、検索エンジンを使って答えをすぐに手に入れたり、他の人の考えをコピペしてレポートや宿題を終わらせてしまうと、考える力が育たないので、よくないだろうということを言っている。確かにそうだと思う。また、これに関連しているが、最近の傾向として結論を性急に求める人が増えているのだという。著者は次のように言う。

このごろ本の感想で増えているのは、
「この本には結論がない」
というものです。
私が最初にノンフィクションを書いたのはもう十年以上前になります。そのこと、読後感として「結論がない」「だからこの本はだめだ」というようなものはありませんでした。
この傾向は私の本にかぎったことではありません。どんなたぐいの本にも「結論」を求める読者が多くなっている。大学の先生などと話をしていても、
「こうすれば解決する」
という「策」が盛りこまれていないからこの本はダメだ、という意見が多くなったといいます。
そのとき読者がいう「結論」とは、つまり「解決策」のことなのです。一冊本を読んだら、たちどころに問題の解決策が分かる。それが当たり前だと信じる人々がいる。(22ー23ページ)



こういう傾向は確かにある。ただ、これは著者が言うようなネットの影響というよりも、科学的思考法を重視してきた現代教育の帰結だったのではないかと俺は思う。科学的思考法とは、別に数学や物理を勉強することではない。そうではなくて、世の中には真実が存在し、すべての事柄は説明可能であるという信仰に似た思考法をここでは科学的思考法と言っているのである。もちろん世の中は説明可能な単純なものばかりではないし、それに、そもそも何かを説明するということが世の中を理解することではない。説明ではなく解釈で理解する方法がある。それが人文系や芸術系の学問なのだが、最近の問題はその人文系や芸術系の力が弱まったからなのではないだろうか。

人間は生来、因果関係を求めるものだし、すべてのものを説明しようと試みる生き物である。だから、現代教育以前であっても、科学的思考法というものは(それが真に科学的なものか魔術などのオカルト的なものかの違いはあるにしても)、人間が本来持っている傾向だといえる。だからこそ、フレーザーは魔術→宗教→科学という発展段階を設定したのだし、呪術は間違った因果関係とはいえ、何かしらの因果関係というものが基本にされていることを明らかにしたのだ。このような因果関係を求める傾向はギャンブルやスポーツなど勝負の世界では、お守り、まじない、ジンクスなどの形で観察される。まあ、そういうことで、人間は黙っていても、因果関係を求めようとするし、世の中を説明しようと試みる生き物なのである。ちなみに、2つの事象の間に因果関係を設定し、学習する能力は進化論上有利であるため、他の動物も持っている。

まあ、ようするに、ここで言いたいのは、こういう科学的思考法や解決策を求める傾向などはネットの影響だけとは思えないのだ。むしろ人文系や芸術系学問の衰退が原因ではないだろうか。また効率主義の現代社会のもう一つの側面が、このような「答えを提示するのかしないのか」といった安易な思考法を助長しているように感じる。そうであるならば、科学の重要性は否定しないが、義務教育では、解釈学的思考法というものを重視するべきだったのではないかと思うのである。

国語の授業でも、答えを求める授業がなかっただろうか?社会でも答えを暗記することが重視されていたのではないか。本来なら答えがないことを学ばなければならない文系の学問においても、答えが提示され、それに自分の思考を合わすように要求される。それが現代教育だとしたら、そこにこそ問題があるのだと思う。

うん?なんか話がだいぶ脱線してしまったが、俺が言いたかったのは、ようするに、『検索バカ』という本の第一章はおもしろいので、立ち読みする価値はあると思うということです。

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私は、保守主義のコミュニタリアンです。文化相対主義を追求するなら、すべての文化を尊重する保守主義しかないと信じています。ただリベラルと保守はある程度両立する概念だと思っているので、基本的にはリベラルでもあります。なので、自分としては中道右派ぐらいのつもりです。日本が好きです。時々右よりの発言をします。でも危ない人間ではありません。構造主義が好きなのですが、ポストモダンも好きです。あとマルクスも好きです。

専門は考古学です。地理情報システム(GIS)や統計学、空間分析、文化人類学(特に宗教人類学と経済人類学)、社会思想、進化考古学、景観考古学、人文地理学、数理生物、行動生態学などを勉強してきました。CRMや少数民族の文化復興運動についてもいろいろと考えています。最近はサブカルチャー特にオタク文化に興味があります。経済学は大の苦手です。

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