スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『G-Force』を見た

G-Force

ディズニー映画の『G-Force』ってのを見た。→ユーチューブの予告編

画面を見たらわかるようにG-Forceと呼ばれる動物のスパイ(というか特殊部隊)物の映画だ。相当眠かったのと英語だったので、とりあえず話がどこまで理解できているか少し心配だが、まあ、主人公たちがかわいかったというところは理解できた。家族向けの映画としては、結構いい感じだと思う。CGも上手だ。CGはやっぱりこんな具合に使うのがいいと思う。下手に全編オールCGにしたり、人間のキャラクターをCGにするよりも、いいような気がする。不気味の谷現象が正しいのかどうかは良く知らないが、個人的には中途半端に作られた人間キャラクターのCGよりも、動物キャラクターのCGのほうが好きだ。人間キャラクターも『トイストーリーぐらい』になるのなら、それはまたかわいらしい。そういえば、今日『トイストーリー3』の宣伝をしていた。来年の夏ぐらいに公開らしいが、『トイストーリー2』以上の出来みたいで楽しみだ。

で、まあ、この映画なのだが、この映画を見ていて思ったのは、アメリカのキャラクターものって動物出しているときは本当に上手いと思う。俺はハリウッドの動物モノ映画は結構好きだ。『ベンジー』や『ラッシー』、『ベートーベン』といった古典的ファミリー映画の動物に始まり、最近では『キャッツ アンド ドッグス』などのCGを入れたファンタジーがあったが、ほとんどすべてが良くできている。おもしろいのは、このような動物キャラクター物の方向性だ。日本の動物ものCGならば漫画チックな方向に行くような気がする。それがアメリカでは人間に近づきつつ、それでもリアルさも強調されている。ジャングル大帝とライオンキングの違いという感じだろうか?キティちゃんは日本だからこそ生まれたような気がするし、あのようなデフォルメされたキャラクターはアメリカでは作り出されなかったような気がする。逆に『G-Force』のようなキャラクターは日本では生み出されないような気がするのは気のせいだろうか?このような漫画チックなキャラクターとリアルなキャラクターは、日本とアメリカのコミックやアニメに登場する人間のキャラクターの違いにも見られる。そのあたり、これからも注意深く見ていきたい部分だ。

『G-Force』では動物のキャラクターがかわいいというだけでなく、もう一つの興味深い点が見られる。それは動物たちが、人間と同じように考え話すという部分だ。動物と意思の疎通ができるというファンタジーは『コンゴ』などにも見られるし、動物が人間の見えないところでは人間と同じように話すことが出来るという設定は『キャッツ アンド ドッグス』などにも見られる。もちろんこのような空想は子供の映画だけではないと思う。例えば、ディーン・クーンツというベストセラー作家の小説にはレトリバー犬がよく登場するのだが、しばしば人間と同等の高度な知能を持った犬として描かれることがある。つまり大人のアメリカ人も、そのような動物を空想するのが好きだと思われる。このような空想はもちろんアメリカ人だけのものではなく、ジプリの『猫の恩返し』や『平成狸合戦ぽんぽこ』などとも通じるものがある。まあ、多神教の日本人にとっては動物と人間の区別が西洋ほど厳格ではないような気がするので、このような空想も驚かないのだが、アメリカ人が動物と会話をするという設定の映画を繰り返し作っていることは興味深い。また、この『G-Force』といい、『キャッツ アンド ドッグス』といい、男の子向けのかっこいいキャラクターを前面に出しているところも興味深いところだ。なぜなら動物と話ができるといったファンタジー系は女の子向けの話を親和性が高いと思うからだ。だから普通に考えたら『不思議の国のアリス』やジプリの『猫の恩返し』のような話に持っていくほうが自然だと思うのだが、そこをあえてハイテク機械を前面に出すところにハリウッド映画の一つの特徴があるように思う。さらに動物たちが人間を守るために戦っているという部分も興味深い。そこには『平成狸合戦ポンポコ』のような「自然」対「人間」という構図は見られない。

最後にこの映画のメッセージであるが、アメリカ版アマゾン・レビューにJudy K. Polhemusという人が、次のようなことを書いている。

...
However, the best thing about "G-Force" is the message. Bottom line: Everyone is special. Everyone has talents. It sometimes takes a skilled person to instill that self-confidence and bring out those talents. The scientist Sam is the one in the film. In "ordinary" life (there is much talk of being ordinary), it is often teachers who bring out these talents. It was a good lesson.
...



まあようするに、「誰もが特別な才能を持っている」というメッセージがこの映画にはあるということだ。このようなメッセージは、とてもアメリカ的だと思う。というか「近代国家」なら、アメリカに限らず、どの国でも受け入れやすいメッセージだ。だから日本人も問題なく受け入れることだ出来るだろう。個人的には夢を追い求める人物が好きだったし、今でも好きだ。だから、このようなメッセージも、もちろん好きだ。ただそのようなメッセージを懐疑的に見ている自分もいる。「自分は特別だ」「自分は特別でなくてはならない」というようなメッセージが社会のいたるところで言われ続けているが、「普通」でいることはいけないことなのだろうか。

そもそも、我々は特別である必要があるのだろうか?伝統的な社会に行くと、ほとんどの人たちは特別な人間ではない。多くの場合、同じような生活をしている。もちろん、夢を持つ人間もいるだろう。ただ社会が求めている理想像は「普通の人」である。そんな平凡な生活に満足できない一握りの人は社会を飛び出して「特別」なことをするが、そのような「特別」な行動は社会からは求められていない。だから社会の大多数の人たちにとって「普通」の生活を営むことは、何ら恥じることではないし、そのような普通の生活で満足できるのである。

それが現代社会では「特別」が求められる。だから「普通」の生活では自分も社会も満足しない。「特別」でなくてはいけないし、「特別」であろうと、がんばればがんばるほど「特別」から「普通」になってしまった時の落胆が大きくなる。もちろんほとんどの人が特別ならば問題ない。問題なのは、ほとんどの人が「特別」なんかにはなれないということだ。職業選択の自由が保障されている現代社会では、自分が「特別」だと信じて夢を追いかけなくては「人生の成功」を掴めないと思い込まされている。しかし、そのような「特別」よりも、「普通」でいることの幸せを社会は強調するべきなのではないだろうか。「特別」な人というのは、その状況でも特別に成り得るのだし、その状況で特別になりえない人は、所詮、特別ではないのだから。。。


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

スポンサードリンク
最新記事
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
プロフィール

kemmaarch

Author:kemmaarch
右よりの内容ですが、もう一つブログを書いています。右よりの話でも大丈夫な人や日本が好きな人はいちど覗いてみてください。
保守主義のすすめ

私は、保守主義のコミュニタリアンです。文化相対主義を追求するなら、すべての文化を尊重する保守主義しかないと信じています。ただリベラルと保守はある程度両立する概念だと思っているので、基本的にはリベラルでもあります。なので、自分としては中道右派ぐらいのつもりです。日本が好きです。時々右よりの発言をします。でも危ない人間ではありません。構造主義が好きなのですが、ポストモダンも好きです。あとマルクスも好きです。

専門は考古学です。地理情報システム(GIS)や統計学、空間分析、文化人類学(特に宗教人類学と経済人類学)、社会思想、進化考古学、景観考古学、人文地理学、数理生物、行動生態学などを勉強してきました。CRMや少数民族の文化復興運動についてもいろいろと考えています。最近はサブカルチャー特にオタク文化に興味があります。経済学は大の苦手です。

本や映画の感想はアマゾン・レビューにも書いています。ぜひ遊びに来てください。
アマゾン・レビュー
はてなブックマーク

ツイッター(Kemmaarch)
検索フォーム
ブログ・ランキング
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
フリーエリア
リンク
RSSリンクの表示
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード
QRコード
スポンサードリンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。