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日本とアメリカのロボットに対するイメージの違い

 今日、アメリカの雑誌をぱらぱらって見ていたら、ロボットに関する記事があった。なんの雑誌だか忘れたが、とりあえず大衆向けの科学系雑誌だ。で、その中で、アメリカの小説とか映画に登場するロボットの歴史を紹介されていたんだけど、アメリカ人がいかにロボットに警戒心を抱いているかということが書かれていた。その記事の結論は、子供の頃から親しんでいれば、我々とは異なる感情をロボットに抱くし、もっと身近な存在としてロボットを受け入れるようになるだろうみたいな感じだったのだが、俺がおもしろいと思ったのは、その歴史のほうだ。
 よく考えると、確かにハリウッド映画とかでは昔からロボットは悪者だった。宇宙人だと『インディペンデンス・デイ』みたいな悪い宇宙人と『E.T.』みたいないい宇宙人の二種類が均等に作られているような気がするんだけど、ロボットに関しては、ほとんどすべてが悪者のような気がする。なんか、気がつくと、いつもアメリカ人はロボットやコンピューターと喧嘩しているみたいな感じだ。で、この雑誌では、その歴史をヨーロッパの民話まで遡って、ゴーレムから始まって、フランケンシュタインや初期型ロボットなど、人間に害をなす存在が多いことを紹介し、それがターミネーターで悪いロボットやスカイネットのコンピューターになり、最終的にはマトリックスの機械帝国のコンピューターになったということを紹介していた。

 俺がこの記事を読んでいておもしろいと思った理由はいろいろあったのだが、特に興味深かったのは日本のロボットに対するイメージと違うということを考えさせられたからだ。よく言われるように鉄腕アトムから始まる日本のアニメでは、ロボットは人間の友達として描かれることが多かったと思う。SFに限らず、例えばドラえもんや、他のもろもろの「ほのぼの系」アニメでは、ロボットは主人公を助ける親友のような存在になっていることが多い。そして、さらに興味深いのは、日本のアニメではロボットがしばしば恋人にまでなっていることがあるということである。
 アメリカでも確かにロボットが恋人というものもあるにはあると思う。例えば、『ジェイソンX』でジェイソンを蹴散らすかっこいい女性型ロボットは彼女を作り出したコンピューター技師の恋人だし、『Buffy the Vampire Slayer』にも恋人型ロボットが登場する。なお用途はすこし違うがバフィー・ロボットというものも登場したりする。ただ『ジェイソンX』も『バフィー』も漫画の影響を受けている印象を受けるし、『バフィー』に出てくる恋人型ロボットはセックスと無関係ではない存在だ。もっと遡ると、SF映画の名作といわれている『ブレードランナー』が挙げられるが、この映画の女性型アンドロイドは性的サービス用のロボットという設定でセックスと切り離すことは出来ないわけで、ここで顕著に見られるのは、アメリカの恋人型ロボットは多分にセクシャルな存在として描かれる傾向があるということである。つまり、純粋にプラトニックな恋愛対象としての女性型ロボット像というのは日本のアニメでは見られるのであるが、アメリカでは見られないのではないかと思うのである。
 
 だから、何?といわれると、これでおしまいとしか言えないのだが、もうちょっとがんばって文章を捻りだしてみると、次のような事がいえるのではないだろうか?アメリカでは「恋人ロボット」=「南極2号」みたいな性的ファンタジーが主流だ。そして、そのようなロボットを愛する人間は、いわゆるgeekと呼ばれるような社会に溶け込めないオタク的存在としてネガティブに見られている。このあたり、ロボットに限らずアメリカ人のリアルな女性を愛するという感情、さらに恋愛=セックスという短絡的・動物的な恋愛観などと関係しているのではないかと思うのである。
 一方、日本では少し状況が異なる。「南極2号」などというものには、もちろん日本人のほとんども理解は示していないし、フィギュアならまだしも、等身大フィギュアとかになると「ちょっと・・・」と感じるような人も多いだろう。ただアニメの世界でロボットを恋人にしていたとしても、あまり奇異に感じないのではないだろうか?もしそうならば、ある程度、恋人型ロボットというものを許容できる文化があるのではないかと思うのである。確かに、恋人型ロボットが美少女ロボットに限られているということで、単に男の性的ファンタジーや支配欲を満たすためだけの存在だという批判もできるのだろうが、俺としてはアニミズム的世界観とか文化的要因がそのような恋人型ロボットというイメージの発展に関係しているのではないかなって、ちょっと無理があるかもしれないけど考えたりしている。
 さらにプラトニックな恋愛関係を好む傾向というのは、アニメに限らず日本のドラマや映画、小説などにも言えるのではないかと思っている。この日本とアメリカの恋愛観の違いは注目すべきことがらだと思う。特に毎日新聞のヘンタイ記事事件から日本人は変態だみたいなイメージが世界中に広がってしまったけど、実は日本人はプラトニックな恋愛観を大切にしているんじゃないかと思うわけだし、そういうイメージこそ世界中に発信していくべきだと思う。ちなみに毎日新聞の事件はマスコミはほとんど黙殺していたが、人類学的には看過できな社会的問題だったと俺は思っている。その背後には西洋人のオリエンタリズムと日本人の植民地根性丸出しの西洋崇拝と、そこから引き起こされる日本人による日本人蔑視という二つの歪んだメンタリティーが交錯して、あのような記事が世界中に配信されていったのではないかと思うのである。ということで、俺はあの事件に関しては未だに怒っている。おっと!また脱線してしまった。話を戻そう(笑)。

 というわけで、アメリカと日本の違いは文化的な違いにまでいけるのではないだろうか?あとアメリカの映画とかドラマは結構アニメの影響を受けてきているので、そこらへんも面白いところだ。例えば「Buffy the Vampire Slayer」やそのスピンオフ作品の「Angel」というドラマは、もろアニメの影響を受けていると思う。今日、雑誌を読んでいて、ちょっと思ったことを忘れないうちに書いておこうという軽い気持ちのエントリーなので、これ以上の考えは俺の頭の中にはない。ただ、今度、こういう観点から、ハリウッドの映画とかを見て、アメリカと日本のロボットに対するイメージの違いというものをさらに考えていきたいと思う。

 今、文章を直していて思い出したのだが、友達のようなロボットのイメージとして、スターウォーズのロボットがいたことを思い出した。昨日読んだ雑誌にはスターウォーズのことが書かれていなかったので(アメリカ人が書いたくせに。。。)、スターウォーズのことをすっかり忘れていたのだが、よく考えるとアメリカのSFドラマとかでは友達型ロボットというのは多数存在する可能性がある。友達ロボットの可能性としては、ニューヨーク万博でも紹介されているみたいだし。まあ、そういうことで、アメリカ人のロボットに対するイメージってのも、俺が考えているほど単純ではないのかもしれない。


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私は、保守主義のコミュニタリアンです。文化相対主義を追求するなら、すべての文化を尊重する保守主義しかないと信じています。ただリベラルと保守はある程度両立する概念だと思っているので、基本的にはリベラルでもあります。なので、自分としては中道右派ぐらいのつもりです。日本が好きです。時々右よりの発言をします。でも危ない人間ではありません。構造主義が好きなのですが、ポストモダンも好きです。あとマルクスも好きです。

専門は考古学です。地理情報システム(GIS)や統計学、空間分析、文化人類学(特に宗教人類学と経済人類学)、社会思想、進化考古学、景観考古学、人文地理学、数理生物、行動生態学などを勉強してきました。CRMや少数民族の文化復興運動についてもいろいろと考えています。最近はサブカルチャー特にオタク文化に興味があります。経済学は大の苦手です。

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