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ニコニコ生放送で遊んでみた

 昨日ニコニコ生放送で岡田外相の記者会見を見た。で、初めてニコニコ動画というものにコメントを書いてみた。結構楽しかった。それにしても、ニコニコ動画というのは本当に興味深い。NHKの『ねとすたシリアス』という番組とかで東浩紀一派の人たちが繰り返し言っているように、ニコニコ動画ってのは、コミュニケーション志向メディアであって、コンテンツ志向メディアのユーチューブとは異なるということが実感できた。もちろん、ニコニコ動画やユーチューブをまとめて動画投稿サイトとして扱って、動画投稿サイトの社会への貢献や影響を考えのも楽しいと思う。例えば、歌やドラマの配信によるサブカルへの影響や、MAD動画などの二次創作とか自主制作動画の芸術や創作活動への影響、あとは政治問題やもっとひろく学問一般に関する動画による社会への貢献などだ。あと国会中継まである意味笑いのネタにしてしまうところなどは、とても興味深い現象だと思う。

 ただニコニコ動画の魅力は、やはりコメントを介して一体感を共有できることだろう。場の雰囲気を共有して興奮状態になるというのは、おそらくスポーツ観戦やライブを見に行く人たちと同じ感覚なのだろうと思う。おれ自身は、そういう場所が苦手なので、スポーツ観戦もライブも行かないのだが、それでも他の人たちとの一体感を感じたいという欲求もあるにはある。例えば、この前の3月に行われた日韓戦の野球の試合でイチローがツーベースヒットを打ったときは、オフィスでネット中継を一人で見ていたことを呪ったし、次の日に行きつけの日本食レストランに行ったら、実は日本人が何人か集まって店のテレビで試合を見て盛り上がっていたということを聞かされて、その日に限ってその店に顔を出さなかったことをとても後悔した。イチローは好きだが、別にイチローの熱狂的なファンでも野球ファンでもない。ただ、やはり、喜びを他の人と共有することは、どこか充実した気分にさせてくれるような気がする。だからこそ、俺もイチローの試合を見た週は、「興奮状態+喜びを共有できなかった欲求不満」状態が一週間ぐらい続いて、知り合いの日本人に会うたびにイチローのことを、誰かれ構わずしゃべっていた気がする。まあ人間って誰でも喜びとか様々な感情を共有したいという感情があるんだろう。

 ネット上はそういう点で、自分と同じ感情や考えを持った人を探すのにはとても便利な場所だ。ニコニコ動画以外にも様々なところで、他の人との一体感を得ることが出来る。例えば、数年前、俺は2チャンネルにはまっていた。といってもマスコミ板だけなのだが。もともと朝日新聞の社説を読んで腹を立てることを日課としていた俺だったが、問題は話を聞いてくれる人がいないということだった。だからといって、誰にも言わずに溜め込むのは体によくない。ということで、何年も前に書いていたHPを復活させて、朝日新聞批判の日記を書き始めた。ただ俺のHPなど誰もこないわけで、一ヶ月もすると、なんとなくむなしさを覚えるようになってきた。そんなときに見つけたのが2チャンネルだった。初めて2チャンネルのマスコミ板を開いたときの感動を俺は今でも覚えている。宇宙の真ん中でただ一人漂っていた俺が、急に仲間に囲まれた大都市に来た気分だった。もちろん誰一人として本当の知り合いではないのだが、俺と同じ意見の人がたくさんいる(たくさんいるかどうかはわからないが、少なくとも、たくさんいるように見える)という感覚だけで十分だった。それに2チャンネルでも、マスコミ板とかは、頭のいい人も多い。だから俺の知らないことなどもいろいろ書き込まれる。俺のレスに毎回返事を返してくれることはないが、気の利いたコメントを書けば何か反応があったり、コピペしてくれるときもある。そんな感じで、2チャンネル生活がしばらく続いた。最近は2チャンネルをあまり覗かなくなったが、それでも未だに楽しいところだと思っているし、社会的な事件や騒ぎなどが起こったら、2チャンネルを覗く癖は抜けていない。

 2チャンネルで盛り上がることを祭りと呼ぶ(と思う)。「祭りの結果、炎上した」みたいな文章を見かけたことがあるので、おそらく祭り=大衆の興奮状態みたいな感じなのかもしれないが、まあ、何か社会で騒ぎが起こったら、確かに2チャンネルでもレスは増えるし、一つのスレッドは1000個のレスしか書けないのだが、すごいときには数時間でそのスレッドが終わってしまうようなときもなる。つまり1000人(同じ人が何度も書いているのかもしれないが)が書き込んだということになる。そのようなレスの書き込みのスピードを見ていると、自ずと皆で騒いでいるというある意味「祭り」に参加しているというような感覚を得ることが出来るわけだ。もちろん2チャンネルでは(トピックや書き込みをしている人のレベルにもよるのだが)、誹謗中傷ではなくて、もっと建設的な議論がなされていることも多い。そのような板での祭りでは、コメントもいろいろちゃんとしたことが書き込まれている。文句を書くにしても、なぜ怒っているのかということがちゃんと書き込まれるし、賛成意見や反対意見などもちゃんと書かれることもある。全部が全部ではないし、普通の日常の会話と比較したら、誹謗中傷の類や罵声だけのレスも多いのだが、それでも比較的、誰かの意見に対して返答するということような状況もよく見られる。つまり意見をやり取りしたり、また自分と同じような意見を持った人と「意見が同じだという感覚」を共有することが2チャンネルにおける祭りではないかと思うのだ。

 なぜこのようなことを書くかというと、昨日ニコニコ生放送にコメントを書いていて思ったことは、2チャンネルのレスとは若干異なった感覚を味わったからだ。2チャンネルでは俺が何かを書き込むと、俺のレスに直接関係する反応があるときもある。その場合は、同意するにせよ、反対するにせよ、少なくとも俺のレスを読んでくれているわけだ。直接俺のレスに関係する書き込みがなかったとしても、2チャンネルに書き込むときには、皆、俺のレスを読んでくれるという期待感がある。楽観的かもしれないが、俺のレスを読んでくれないということは考えない。それに関しての反応がなかったとしても、それは俺のレスが読まれた上でスルーされたというだけであって、読まれなかったとは思わなかった。なぜそこまで自信満々なのかはよくわからない。俺は別に自分の意見に自信があるわけではない。ただ、なんとなくだが、2年余り、2チャンネルを楽しんできて、俺のレスが読まれていないという疎外感を味わったことはなかった。

 一方、ニコニコ生放送では、そのような意見を共有しているという感覚が希薄のような気がする。動画を何回か見直し、コメントをじっくり読んだうえで、それに対してのコメントも書けるニコニコ動画は状況が違うので、ここではニコニコ生放送だけに限定したいが、少なくとも、ニコニコ生放送ではコメントをすべて読むことは不可能である。まあ俺はニコニコ動画初心者なので、慣れた人はもう少し上手くコメントを読めるのかもしれないが、おそらくすべてのコメントを読んでいくことは困難だろう。だから、ほとんどのコメントにはレスなどつかないように見える。昨日、見ていた感じでは、「あと何分?」とか書き込まれると「@3」とかのコメントもかかれるので、何かのコメントに対する返事が書かれることは確かにあった。しかし、場合によっては複数のコメントが一気に横に流れて行き、多くの人はそれをほとんど読んでいないように感じた。みんな好き勝手なことをいっているだけのようだった。

 で、そのような状況で、俺もいくつかコメントを書いたわけだ。自分のコメントは黄色の四角で囲まれるので、すぐにわかる。ただ、コメントを書いて、それをみて俺は興奮したのだが、同時に俺が感じたことは、俺のコメントを読んでいる人はほとんどいないだろうということである。匿名の人の意見として俺のコメントが右から左に流れていくような感覚だった。それを見ていて、どこか、世界に埋没するちっぽけな自分、大衆の意見に埋もれて、誰にも読まれずに消えていく自分という感覚を持ったような気がする。

 もちろんコメントを書くことで興奮したし、同じ画面を見て同じような感想をもって同じようにコメントしている自分をみて、多くの人たちと興奮を共有している一体感は味わっている。だから、はっきりいって楽しいし、むなしさなどは微塵も感じられない。ただ、2チャンネルのときみたいに、俺の意見が世の中に提示されている!みたいな感覚が欠如していて、それに代わる感覚としては、大衆に埋もれてしまった個人みたいなノリじゃないかなって思ったわけ。まあ、2チャンネルに何かを書いたところで、誰か読んでいるという保障はないんだし、微力ながら社会に何かを訴えたなんていうのはただの思い込みなわけで、やっていることはニコニコ生放送のコメントと同じレベルなわけだ。それに、もともとコミュニケーションの大半は意味のある情報のやり取りじゃないわけだし。例えば「おはよう」という挨拶は、情報のやり取りとしては、まったく意味がない。挨拶をする目的は、人間関係を維持するということだ。だから、そもそもコミュニケーションに情報のやり取りという観点だけで論じてはいけないのだろう。それに祭りというのも、高揚した感情を共有する非日常の場が祭りであるのならば、ニコニコ生放送で感情の高まりを共有することのほうが、よっぽど祭りにふさわしいのかもしれない。まあ、なんにせよ、2チャンネルとニコニコ生放送の祭りは質的に若干異なっているということがわかっただけでも、大きな収穫だったような気がする。つまり2チャンネルでは、「自分の意見と同じ意見を持っている」という一体感、つまりある程度コンテンツを共有しているという一体感を感じているわけだが、ニコニコ生放送では「同じ意見を共有している」という感覚ではなく、むしろ「同じ興奮状態である」という感覚を共有しているように思う。


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共感しました。(ニコ動みたことないのですが。)

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私は、保守主義のコミュニタリアンです。文化相対主義を追求するなら、すべての文化を尊重する保守主義しかないと信じています。ただリベラルと保守はある程度両立する概念だと思っているので、基本的にはリベラルでもあります。なので、自分としては中道右派ぐらいのつもりです。日本が好きです。時々右よりの発言をします。でも危ない人間ではありません。構造主義が好きなのですが、ポストモダンも好きです。あとマルクスも好きです。

専門は考古学です。地理情報システム(GIS)や統計学、空間分析、文化人類学(特に宗教人類学と経済人類学)、社会思想、進化考古学、景観考古学、人文地理学、数理生物、行動生態学などを勉強してきました。CRMや少数民族の文化復興運動についてもいろいろと考えています。最近はサブカルチャー特にオタク文化に興味があります。経済学は大の苦手です。

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