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映画『アバター』

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 映画『アバター』を3Dのほうで見た。面白かったけど目が疲れた。すごくいい映画というわけでもないのだが、とりあえず、いろいろな意味で興味深い作品だったので、二、三日このネタでいければいいなと思っている。映画を見終わって数時間たっているが、いろんなことが頭に浮かんでくるということは、まあ、それなりに印象に残る映画だったということだし、歴史に残る映画だったといってもいいのではないだろうか。もちろん、多くの人が言っているように、物語はとても単純である。それでも、リアルな世界観や魅力的なキャラクターを構築したという点と、CGや3Dなど技術面の進歩に関して、この映画は特別だったといえるのではないだろうか。

 まず、この映画のあらすじを紹介したい。舞台は地球から4.4光年ほど離れたところに位置するパンドラという星である。その星にはナヴィと呼ばれる人間型の異星人が住んでいた。彼らは自然と共存しており、いわゆる「未開社会」を彷彿とさせるような部族社会を形成していた。そこに地球人が進出してきた。その星の貴重な鉱物の採掘のためである。22世紀という時代設定なので、地球人側は高度な科学力を持っているのだが、彼らはその貴重な鉱物が大量に埋蔵していると予想されるナヴィの土地を欲していた。そこで、地球人側はアバターという交渉役を使うことにする。アバターとは人間とナヴィのDNAを組み合わせて作り出されたナヴィの姿をした人工の体である。この人工体に人間の意識をコネクトすることによって、人間が、その体を操ることができるわけだ。アバターはもともと科学者チームによって作り出されて、ナヴィと接触し情報交換をするために用いられていた。これによってナヴィの一部は英語をしゃべることができ、また人間側でもナヴィの社会や言語を研究している人類学者と科学者チームのリーダーでパンドラの生態系を研究している生物学者はナヴィの言語をしゃべったりナヴィの文化や社会を理解することができるようになっていた。映画の主人公であるジェイクは海兵隊員なのだが、パンドラに駐留する軍隊は彼にアバターをもちいて交渉役をするように命令する。そこでジェイクはナヴィ社会に溶け込んでいくのであるが、その過程で徐々にナヴィ側にたつようになり、最終的にはナヴィのために戦う決意をするという展開になっていく。まあ詳しいあらすじはウィキペディアとかを見てください。

 さて全体的なストーリーについてであるが、アメリカ先住民との戦いという路線は、すでに多くの人が指摘しているように、あまり新鮮味はない。ただこの映画が『ダンス・ウィズ・ウルヴズ』(1990)の影響を受けているとかパクリだとかいうのは間違いだと思う。アメリカ先住民との対立や戦いというテーマの映画は別に『ダンス・ウィズ・ウルブズ』だけではない。似たようなモチーフの映画は90年代にいくつか作られていた。その流行のルーツは、80年代以降のアメリカ先住民の文化復興運動や、ヒッピー文化からニューエイジやスピリチュアリズムに至るサブカルチャーの流れと関係があるのではないかと思う。もちろんもっと大局的な立場に立てば、先住民族の視点や多様な歴史観の受容というのは、ポストモダンという大きな流れと無関係ではないだろう。このような流れの中、単なる敵としてのアメリカ先住民ではなく、主体性をもった一人の人間としてのアメリカ先住民が映画に登場するようになる。例えば『ラスト・オブ・モヒカン』(1992)やディズニーアニメの『ポカホンタス』(1994)、『ジェロニモ』(1994)などが作り出された。また、はっきりとは思い出せないが、アメリカ先住民が直接的な主題ではない西部劇に登場するアメリカ先住民のイメージも90年代以降大幅に改善されてきているように思う。先住民やマイノリティーの視点というものはアメリカ先住民に限らない。例えばケルト民族をモチーフとした『ブレイブハート』や明治日本を舞台にした『ラストサムライ』などにも見られる。ちなみに『ラスト・サムライ』は日本の歴史を歪曲していると的外れな非難をする日本人がいるが、個人的にはこの映画の監督は日本を好意的に表現していると思う。そもそも『ラストサムライ』のテーマは日本ではない。そうではなくて、伝統社会に近代化の波が押し寄せ、伝統文化を守りたいが近代化する必要性もあるという非西洋社会が共通に持っている(持っていた)ジレンマがこの映画では映し出されているのである。このような伝統文化と西洋文化の対立やグローバル化の問題というものが『ラストサムライ』の大きなテーマだったのであって、決して日本の歴史やステレオタイプな日本のイメージを表している映画ではない。だから、忍者が出たとか歴史考証がしっかりしていないなどの瑣末な点から『ラストサムライ』を否定する人たちの解釈はまったく当を得ていないと俺は思っている。まあ、『ラストサムライ』で一つだけ問題があるとするならば、正直、トム・クルーズが出てくる必要はまったくなかったし、日本人の女性とキスをする必要もなかったということだろう。そのあたりにアメリカ人のメンタリティというか、ハリウッド映画のなかにおける異民族の女性を表象の仕方に問題が残されているのだが、少なくとも他のハリウッド映画と比較した場合、『ラスト・サムライ』の日本人像は男のイメージも女のイメージも共に極めて好意的に表象されていたように思う。キスのシーンにしたって、俺はそれ自体は『ラストサムライ』の監督がどうのという話ではなく、白人男性と異民族の女性が結ばれるという話の展開にしないと受け入れられないアメリカの視聴者に問題があるのではないかと思っている。ハリウッドでは未だに異民族の女性はセックスシンボルとして扱われているのは明らかだ。その意味で、ハリウッド映画なのに、キスまでで止めたのは、この監督ができた、ぎりぎりの選択だったと、俺は高く評価している。まあ『アバター』における異民族の女性という話も時間があったらそのうち書いてみたい。で、話を戻すが、90年代から繰り返し作られてきた先住民の戦いというテーマの一つとして『アバター』は位置づけられるし、その意味では新しいものではないのだが、それでもこのテーマはこれからも当分の間は重要だと思うし、手を変え品を変えこのテーマの映画が再生産されていく必要はあると思っている。だから、陳腐な物語でも俺はいいと思う。これ以上複雑な話にしてもしょうがないし。。。

 話のテーマとしては、それで十分なのであるが、ただあらすじというか話の進め方でどうしても納得のいかない部分はある。それは軍隊が馬鹿だということだ。アメリカ先住民の戦いでは、彼らは別に弓矢だけで戦っていたわけではない。ラコタ族(スー族)などの草原インディアンと呼ばれるアメリカ先住民がアメリカ政府と本格的に対立しはじめた19世紀には、すでに馬と銃が多くの部族にいきわたっていた。そのような状況に比べると、『アバター』では、弓矢だけで近代兵器に立ち向かうという、ほとんど無謀に近い戦い方をしている。そのような戦い方をある意味容認し、さらに他の部族までけしかけて、勝算のある戦略も示さずに、ただ敵に突撃させるような、主人公の判断には首を傾げざるをえない。特に、地上部隊などは特攻にすらなっておらず、ただの無駄死にとしか言いようがない。しかも主人公とその相棒だけはちゃっかり銃を使っているし(笑)。ただ、ナヴィ側の戦い方だけがお粗末かというとそうではなくて、地球人側の作戦はもっとお粗末だ。まあ、だからこそナヴィ側が勝利できたのであり、普通の軍隊相手だったら、ナヴィは100パーセント勝ち目はなかったと思う。そもそも地球軍がこの殲滅戦にすべての戦力を投入する必要はなかったのであり、ガンシップ一つだけを出撃させて森を爆撃でもすれば、それだけで十分だったのではないだろうか。竜に乗ったドラゴン騎士団みたいな連中も高度を上げたら振り切れるはずだし。地上軍などはまったく必要なかっただろう。それよりも基地を守らせていたほうがよっぽどよかった。さらに、ナヴィは効果的な銃器を持っていないのだから、大型飛行機の後部ハッチを開けて、そこから機銃掃射する必要もないわけで、ハッチを閉めておけば敵に侵入されることもないし、竜に首を突っ込まれることもなかっただろう。まあ、全軍出撃している間、基地のほうは防備が手薄になっていたと思われるが、そこに別働隊を送り込まないナヴィ側も馬鹿と言えば馬鹿で、まあどっちもどっちだったのかな。パンドラの生態系やナヴィの文化・言語などリアルな世界観の構築に多大なエネルギーを費やしている映画にしては、戦い方がお粗末としか言いようがなく、とても残念だ。

 ただ地球軍の司令官の「大佐」には感動した。40歳後半か50歳前半ぐらいに見える人なのだが、ひたすら強い。そのへんの若造など束になってかかっても敵わないだろう。エンジンがやられて、落下する飛行機の中でもまったく動じず、敵と戦いながら的確な判断をし、飛行機が墜落する直前でパワードスーツに乗り込んで脱出し、なお戦い続ける、その気迫というか、生や勝利への執着はすさまじいものだ。軍人魂というやつか。まあさっきも言ったように全軍出撃という命令しか出せないようなので、頭はすこぶる悪そうだが、その強靭な肉体には脱帽だ。こういうオヤジになりたいものだ。というか、この映画見て、筋トレ始めたオヤジが世界中にわんさかいるのではないだろうか。俺もがんばろう。そういうエネルギーをくれただけでも、「大佐」に会えてよかったというのが、俺の正直な気持ちだ。同じような感動を俺は『ジーパーズ・クリーパーズ2』という映画でも感じた。その映画でもオヤジが強くてかっこいい。オヤジになってしまった俺としては、すっごく個人的な感想だが、かっこいいオヤジが出てきてくれるとうれしいので、個人的にはこういう映画はどんどん作られるべきだと思う。

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アバターデザインを検索するとこれがヒットするw

こんにちは。

この映画、なんだかとっても話題になってますが、内容が良いのか3Dの技術が目新しいから話題になってるのかどっちなんですかね??

もし後者ならレンタルDVDじゃ観ても仕方ないって感じになっちゃいますが^^;

ちなみに最近感動した映画はShowTimeのストリームで観た『コンタクト』です。

コメントありがとうございます

コメントありがとうございます。アバターは内容よりも3D技術がすごいのだと思います。だから個人的には3Dをおすすめします。でも、CGを使ってパンドラという架空の星が描かれているのですが、その世界観などは細かく作られているので、CGだけでも十分楽しめるとは思います。それに3Dは目が疲れるといえば疲れるし。だから2Dのほうがいいという人もいるかもしれません。私も見た後は目が相当疲れました。すいません。どっちがいいかわかりません。

映画『コンタクト』は話題になっていたので名前は知っていたのですが、実はまだ見ていません(汗)。『未知との遭遇』のような路線かなって勝手に決め付けていて、見なくてもいいかなみたいな気になってました。ジョディ・フォスターは好きだったんですけどね(笑)。。。。。。で、今、アマゾンのレビューをチェックしたんですけど、5つ星連発でした。すごく評価の高い映画だったんですね。ウィキペディアであらすじを読んだら、私のイメージしていたものとは全然違っていて、すごく面白そうな話なので、今度見てみます。
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私は、保守主義のコミュニタリアンです。文化相対主義を追求するなら、すべての文化を尊重する保守主義しかないと信じています。ただリベラルと保守はある程度両立する概念だと思っているので、基本的にはリベラルでもあります。なので、自分としては中道右派ぐらいのつもりです。日本が好きです。時々右よりの発言をします。でも危ない人間ではありません。構造主義が好きなのですが、ポストモダンも好きです。あとマルクスも好きです。

専門は考古学です。地理情報システム(GIS)や統計学、空間分析、文化人類学(特に宗教人類学と経済人類学)、社会思想、進化考古学、景観考古学、人文地理学、数理生物、行動生態学などを勉強してきました。CRMや少数民族の文化復興運動についてもいろいろと考えています。最近はサブカルチャー特にオタク文化に興味があります。経済学は大の苦手です。

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