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『ニューヨーク美術案内』

ニューヨーク美術案内 (光文社新書)ニューヨーク美術案内 (光文社新書)
(2005/10/14)
千住 博野地 秩嘉

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 やっと読み終わった。普通に読んだら数時間で読めてしまう本なので、先週読み終わるはずだったのだが、本を読む時間をつくれずに、今週はトイレで数ページずつ読むということを繰り返していたので、読み終わるのが遅れてしまった。

 全体的にはよく出来た本だと思う。文章は、とても読みやすい。それに絵画のことに関してまったくの素人の俺でも楽しんで読めた(現代美術の解説の一部は、理解できなかったので少し退屈だったが)。第一章の説明はよく書けていて、すごく面白かったと思う。例えばジャン=フランソワ・ミレーとヴィンセント・ヴァン・ゴッホの作品を比較しているのだが(ゴッホはミレーの絵を模写したり、同じような絵を描いたりしていたらしい)、この本の著者(で画家)の千住さんに次のように違いを説明してくれる。

しかし、同じモチーフでありながら、二人の作品は決定的に違う。よく見てください。ミレーの収穫の絵は静かで心にしみこんでくるような気配がある。ミレーは絵のなかに収穫の喜びを表現しているのです。言ってみれば多焦点というのでしょうか。色々な所に神々しい小さなドラマを作り上げている画面です。全部に感謝感謝、といった感じ。それに対してゴッホが描いたのは純粋に農夫が仕事をする様子です。そこには八百万の神、すなわち太陽の神、地の神、水の神、羊も神なら藁の山も神といったような祝福されているイメージはまったくない。ただひたすら一神教の神と人間との関係において、画面が形作られている感じがあります。イエス・キリストとの対話の手段としての絵画といえると、私は思っています。他は何も目に入っていない。不器用なまで献身的な姿勢を感じます。いわばこれも宗教画です。

(『ニューヨーク美術案内』 49ページ)


ここで比較されているミレーとゴッホの絵が本の中には載せられているのだが、今ネット上にあるか見たところミレーの「干草の山」の絵しか見つからなかった。興味のある人のために、いちお名前だけのせておくとミレー「干草の山:秋」とゴッホ「農家のそばの麦塚」、ミレー「鋤き起こす2人の男」とゴッホ「鋤き起こす男たち」、ミレー「正午:昼寝」とゴッホ「正午:昼寝」である。上の文章を読むだけだと、ちょっとわかりづらいと思うが、絵を見ながら上の文章を読むと確かに一理あるなという気になってしまう。

他にも「天使」の翼の色に関する面白い記述があった。天使は西洋画によく登場していたのだが、天使の翼の色は何色と聞かれたら、おそらくほとんどの人が白と答えるだろうと思う。しかし、千住さんによると天使の翼の色が白くなったのはルネサンスよりも後で、本来は鳥の翼のようにカラフルに描かれていたのだという。そのようなカラフルな翼を持っている天使から、カラフルな翼をもった鳥が飛び回る楽園のイメージが連想され、それらの翼は果樹園を連想させる。つまり、当時の人がイメージしていた天国とは、アダムとイブが暮らしていた果樹園だっただろうということが連想できる。つまり天使の翼を見ていくことで、当時の画家がどのような世界観を持った人なのかということを想像できるようになるというのだ。興味深いというか非常に面白い見解だし、言われて見れば当たり前のことなのだが、美術作品を鑑賞することによって、そこから当時の人々の世界観までを連想してしまえるという発想がとても興味深い。

第二章はモダンアートを集めたMoMA呼ばれる近代美術館とその中の作品について述べられている。はっきり言ってよくわからないことばかりだったのだが、本を読んでいるとMoMAに行ってみたいという気にはさせられる。あと俺がなんとか理解できる部分でおもしろかったのは、MoMAの入り口付近にあるバーネット・ニューマンという人の「ブロークン・オベリスク」という作品についてだ。

ちなみに「ブロークン・オベリスク」はこれ
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ブロークンオベリスク

 オベリスクとは、もともと古代エジプトのファラオが作った記念碑で、尖塔の矢の先端は天を指しているのだが、「ブロークン・オベリスク」は真ん中で折れ、しかも逆に立っている。千住さんによると、”これはオベリスクが象徴する「権威」にたいしてあからさまに反抗し、挑戦した作品”だという。さらに、千住さんは次のように続ける。

 では、ニューマンにとってオベリスクは何を象徴したものだったのでしょうか。私はモダニズムを象徴したものだととらえています。モダニズムとは人間の知恵を限界まで信じる考え方です。人間が信ずる科学、政治、経済があれば世界をよりよくすることができるというのがモダニズムであり、ニューマンはそれに疑問を抱いたのでしょう。彼はモダニズムが果たして世の中をよくしたのかと問いかけています。そしてそんなものは人間の傲慢に過ぎないと一刀両断しているのではないでしょうか。彼はモダニズムの象徴であるオベリスクを地面に突き刺し、モダニズムの終焉を表しました。
 しかし考えてみてください。MoMAとはモダン・アートつまりモダニズムの芸術作品を収集することから始まっている美術館です。ですから「ブロークン・オベリスク」はモダン・アートを展示する場にはもっともふさわしくない作品のはずなのですが、MoMAはその意味を理解しながらも、いちばん目立つ場所にこの作品を置いている。これがMoMAという美術館のバランス感覚と言うか、MoMA一流の見識なのです。美術館の存在に疑問を呈した作品を優遇することが美術作品に対する館の許容量の大きさを示しているのです。
(中略)
 MoMAはモダニズムの終焉を表す作品を館の入り口に置くことで、自分たちにとって重要なのは今日から先の自由な未来だという意志を示したいのではないでしょうか。芸術とは画家の名前でもないし、今までの評価でもない。これから自由に創造される作品をMoMAは大切にするんだというメッセージのようにも思えるのです。

(前掲書 74-75ページ)


 このような説明を聞くと、ニューヨークに数ヶ月とか滞在して、MoMAに毎日通ってみたいとか思ってしまう。そんなお金も時間もないのだが。まあ、それでも、この本を読んでよかったと思うのは、いつかニューヨークに行ったら美術館をちゃんとまわってみようと思えたからだ。ただ現代美術は評価するのは専門家でも大変なのだそうだ。もちろん楽しめばいいのだが、この本では現代美術を違った意味で購入する人たちの事を取り上げている。例えば生と死をテーマにした作品を発表しているデミアン・ハーストという人がいるらしい。彼の作品はホルマリン漬けのサメや切断された牛の標本、病院の手術台を描いた油絵、麻薬で浸された肉体などらしい。で、6メートルの水槽にはいったホルマリン漬けのサメは、30代のアメリカ人金融マンが800万ドルで買ったのだという。ただ彼が購入した理由はおそらく「生と死のテーマに共感したから」というわけではないようだ。このような現代美術を買う客はたいてい、「とにかく時代の最先端をいくもの」で「一流アーティストの作品」を探すのだそうだ。なぜなら彼らは次のようなことが目的で現代美術を購入しているからだ。

「現代美術を買う人は時代の最先端が欲しいのです。ヘッジファンドを売るのは次代の最先端を行く仕事です。そこで名を上げるためには自宅の内装も、持っている自動車も、付き合う仲間も、それぞれ時代の最先端を表現しているものでなくてはならない。なかでもアートはもっとも時代の先端を突っ走っているものです。彼らにとって、新しいアートを収集していることが自分の価値を高めることになる。俺は人の後を追いかける人間ではないという証明のひとつなのです」

(前掲書 172ページ)


 俺の人生とはまったく関係のない世界の話なのだが、なかなか興味深い。あと、まったく関係ない話だが、現代美術を現代思想に置き換えたら、結構日本人の中にもこういう輩は多いのではないかと思ってしまう。思想の内容を理解せずに、とにかく時代の最先端をいく思想で一流の思想家の思想を欧米から日本に持ち込んでくる人たちっていうのがいるような気がする。まあ、そこらへんが面白いなって、意味もなく思ってしまった。

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凄い時間に、おはようございます(笑)

下世話な言い方をすると「金持ちの道楽」的な側面もあるって話です。
その代わり欧米はアーティストが職業としてちゃんと確立されてますけどね。
現実的には「セレブ相手の商売」って見方も出来ます…。

反面日本の美術界は何とか画壇の先生にお金を貢いだり、金屏風の前で並んで写真撮ってる人達に気に入ってもらえないと相手にされないから海外に行っちゃう人も結構いるみたいです。

でも最近は日本のサブカルがパワフルになってるので、古く臭い権威が逆にうちわで盛り上がってるだの感じがします。
実際、◯科展とか見てもありきたりでな~んにも感じないです…

どうもです

こんにちは、コメントありがとうございます。
美術のことは本当にまったく知らなかったのですが、確かに欧米のほうが金持ちの道楽的な側面があるってのは、なんとなくわかる気がします。それでも、それでアーティストが職業として確立されているのはうらやましいのかも知れないです。

日本人アーティストが海外に出て行ってしまうのだったら、なんかもったいないというか寂しいというか、何か対策を立てるべきなのかもしれないですね。サブカルの再評価とかもあわせて。
どこの世界もそうなのかも知れないですけど、芸術の世界も権威的・排他的な風潮も改めるべきですよね。日本のサブカルが、こんなに世界に受け入れられているのは事実なんだから。

そういえば、ちょっと前に『ねとすたシリアス』という番組を動画サイトで見たんですけど、その中で日本の美術館はお金をかけてないみたいなことを言ってました。国も効率だけを考えて、すぐ役にたつ技術とかだけにお金をかけるのではなくて、文化とか芸術みたいな一見なんの役にも立たないようなものにこそ、お金をかけるべきなのかなって思います。極端な話、役に立つものとかお金になりそうな技術なんて、頼まなくても民間が勝手に研究していくんだから。。。

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私は、保守主義のコミュニタリアンです。文化相対主義を追求するなら、すべての文化を尊重する保守主義しかないと信じています。ただリベラルと保守はある程度両立する概念だと思っているので、基本的にはリベラルでもあります。なので、自分としては中道右派ぐらいのつもりです。日本が好きです。時々右よりの発言をします。でも危ない人間ではありません。構造主義が好きなのですが、ポストモダンも好きです。あとマルクスも好きです。

専門は考古学です。地理情報システム(GIS)や統計学、空間分析、文化人類学(特に宗教人類学と経済人類学)、社会思想、進化考古学、景観考古学、人文地理学、数理生物、行動生態学などを勉強してきました。CRMや少数民族の文化復興運動についてもいろいろと考えています。最近はサブカルチャー特にオタク文化に興味があります。経済学は大の苦手です。

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