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ネットとジャーナリズム

 メディア激変と題したシリーズもののコラムが朝日新聞に掲載されている。ネットがメディアをどのように変えていくかということに注目して書かれたコラムである。いろいろと面白いことが書かれているのだが、俺が特に興味を持ったのはネット生中継とジャーナリズムの関係についての部分だった。

〈メディア激変2〉ネット生中継―2 視聴者の目になる
http://www.asahi.com/digital/internet/TKY201004040149.html

生中継する現場や内容は、マスメディアの取材現場とも重なる。ネット生中継を、「ジャーナリズムだ」と人から言われたこともある。

 だが、佐藤さんは「そうは思わない」と言う。「現場にいって、その様子を編集なしに単純に流すだけ。伝えたいことや主張もない」。ただ、「視聴者が『自分も参加している』と感じられるよう意識はしている。私は視聴者の目でありアバター(分身)」。
http://www.asahi.com/digital/internet/TKY201004040149.html



 ネット生中継は確かにジャーナリズムではないと思う。俺はジャーナリズムについて勉強してきたわけじゃないので、偉そうなことは言えないのだが、勝手な解釈をさせてもらうと、ネット生中継は佐藤さんが言うように、その場にいるという臨場感を伝えるものであって、ジャーナリズムにはなりえない。このことについては前にも2つのエントリーに分けて書いた。

ネット上の情報を考える(前編) 原口大臣がツイッターで津波情報を流した問題
ネット上の情報を考える(後編)


 ちょっと繰り返す部分もあるだろうが、今回は「加工されていない生の情報(以下、「生情報」と呼ぶ)」と「加工された情報」という対立軸ですこし考えてみたい。ネット生中継とかテレビの生中継とかってのは編集された放送とは明らかに異なる。ネットとテレビの違いというよりも、むしろ編集されているか、編集されていないかの違いのほうが大きいだろう。

 生中継はその場の臨場感を伝え、また同じときを共有しているという祭りに近い一体感を与えているのだと思う。例えば、スペースシャトル打ち上げやオリンピックの生中継が盛り上がるのは、そのコンテンツというよりも、むしろ同じ時間を共有しているという一体感が味わえるからではないだろうか?つまり祭りに近い感覚であると思う。最近では大臣の記者会見などもネットで生中継されるわけだが、ニコニコ動画などのコメントを見る限りにおいては、大臣の言ったことに反応するというよりも、視聴者の多くは同じ時間を過ごしているという一体感を感じる場でしかないように思う。

 ネットが政治に大きく影響を及ぼし始めたのは確かだ。たとえば国会中継や記者会見の生中継をネット上に流すことによって、政治家の行動を、半永久的に参照可能にした。さらに加工された情報を流すニュース番組ではなく、加工されていない生放送では、政治家や有名人の着飾ったイメージではなく、彼らの本当の姿が映し出される確率が高くなる。このような政治家などの行動を常に参照できるというようなことは、民主主義において極めて重要なことであった。しかし今まではそのような膨大な情報を半永久的に保管し、必要に応じて検索・参照できるデータベースを、国民で共有するという状況は、ほとんど不可能だった。それがネットでは可能になったのだ。つまり成熟した民主政治というのは、ネットにおける情報によって初めて可能になったわけだ。これがネットが政治を大きく変化させ始めたと思う理由だ。

 ただし、それと同時に、ネット空間では生情報を過大評価し、生情報ならばすべての点において優れているという誤解があるように思う。そのような生情報偏重の考えはネット空間に限らず、マスコミや政治家にも蔓延しているように思うし、それは、たとえば原口総務相の次のような行動に顕著に見られる。

原口総務相がユーストリームで「会見」 広報室「聞いてない」
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/100409/biz1004091704022-n1.htm

 ユーストリームの視聴者が寄せたコメントでは、「大臣室から! すごい」「マスコミを通じない形がいい」「今後もこのダイレクトコミュニケーションを続けて」といった歓迎の声がほとんど。中には「これは会見ではなく広報では」という指摘もあった。
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/100409/biz1004091704022-n1.htm



 原口総務相はツイッターで津波情報を流すという危機管理がまったく出来ていないような行動をとって問題になったのだが、今回は勝手にユーストリームを使って会見をしてしまったらしい。まあ、原口総務相の浅はかな行動に今更意見を言うつもりは無いが、ここで問題にしたいのは、原口総務省がなぜそのような行為に出たかということだ。そして、彼の会見を好意的に受け取る声がネットに多いことはなぜかということなのだ。彼らが原口総務相の行動を支持する理由は、マスコミを通さずに大臣から国民へダイレクトに流す生情報の方が、マスコミが流す加工された情報よりも優れているという思い込みであろう。裏を返せば、マスコミは情報を加工するから信用できないというマスコミへの不信が彼らの考えの根底にあると思う。

 俺も朝日新聞や毎日新聞の偏向報道は苦々しく思っている一人である。だからマスコミを信用できない人たちの気持ちはよくわかる。ただ、ネット偏重の考えには賛成しかねる。生情報は確かに大事だ。検索ですぐに情報にアクセスが可能なネット上では、常に生情報や一次情報が保管され、必要に応じていつでもどこからでもすべての人がアクセス可能な情報になっているべきだと思う。客観的もしくは価値中立的な情報に当たる場合には、生情報しかあり得ないと思うし、ネット上ではそれを保管することが充分可能なスペースがあるのだから、まずは生情報で保管するべきであろう。(なお、実際には、情報を取得する時点において観察者の主観が入り込んでしまうため、生情報が完全に価値中立的とは言えないのだが、その点に関しては今回は置いておく)。
 
 ただし、それと大臣の会見などをマスコミを無視して生放送だけで流していくということは異なる。マスコミは価値中立的な情報を伝えることを第一義的な仕事として欲しいのであるが、それがすべてではないと思う。最初に言ったように、ニコニコ動画などで大臣の記者会見の様子が放映される機会が増えたが、そのような動画のコメントを見ていると、どこまで興味をもって参加しているのか疑問に思うときがある。もちろん「子ども手当」とか「竹島問題」などの話が出たときには白熱したコメントが出されると思うが、通常は記者会見の内容よりも参加することのほうが重要視されているように思うのだ。つまり一体感を得られるならば、記者会見であろうとスポーツ観戦であろうと、映画鑑賞であろうと同じレベルのように思う。そのような参加意識では、記者会見のどこに注目すべきなのか、何が重要な論点なのか、どのようなコメントを書くべきなのか、まったくわからないだろう。マスコミは偏向報道はしてはいけない。ただ専門家を招いたりして、様々な視点を提供することは出来るわけだし、そのような多様な視点で情報を加工する技術も持っている。そのような加工された情報は一般人にとっては生情報よりも重要になってくることもある。

 何度も言っているように生情報は常にアクセス可能になっておくべき情報だ。しかし、それだけでは情報を読み解くことが困難な場合も多い。例えば、学術研究でもデータをそのまま提示することは、その扱いに困る場合が多い。研究者は自分の考えをサポートするために情報を加工して提示しなくてはいけない。ただ、他の研究者が検証できるように、生情報もアクセス可能にしておかなくてはいけない。ジャーナリズムのデータも同じである。記者会見などで政治家がマスコミを飛ばして直接国民に伝えても、政治家の一言一言を国民がすべて理解できるわけではないのであるから、ただダイレクトに垂れ流しても、ある意味プロパガンダ的言説になりかねない。そのような危険性を排除するためには、政治家の生の声を保存するとともに、そのような生情報をどのように解釈するかといった専門家の多様な視点が(これらの視点は加工された情報によって提示されるのだが)マスコミによって流されるべきなのだと思う。そしてネットでの情報は生情報とマスコミの加工された情報の二つがあるべきだと思うのだ。

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私は、保守主義のコミュニタリアンです。文化相対主義を追求するなら、すべての文化を尊重する保守主義しかないと信じています。ただリベラルと保守はある程度両立する概念だと思っているので、基本的にはリベラルでもあります。なので、自分としては中道右派ぐらいのつもりです。日本が好きです。時々右よりの発言をします。でも危ない人間ではありません。構造主義が好きなのですが、ポストモダンも好きです。あとマルクスも好きです。

専門は考古学です。地理情報システム(GIS)や統計学、空間分析、文化人類学(特に宗教人類学と経済人類学)、社会思想、進化考古学、景観考古学、人文地理学、数理生物、行動生態学などを勉強してきました。CRMや少数民族の文化復興運動についてもいろいろと考えています。最近はサブカルチャー特にオタク文化に興味があります。経済学は大の苦手です。

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