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アニメ『鋼の錬金術師』の思想的背景

 『鋼の錬金術師』という漫画・アニメがある。物語の舞台は、万物の理を研究する錬金術が科学のように体系化された知として確立されている架空の世界。そこに錬金術を使って母親を蘇らせようとして失敗し、その代償として弟の体と自分の足を失ってしまった錬金術の天才少年がいた。彼は自分の片腕と引き換えに、弟の魂だけは取り戻し、その魂を鎧に定着させる。そして弟の体を取り戻すため、半身機械の兄と、鎧の体の弟は、「賢者の石」を探して旅をする。というのが、物語の本筋だ。ただ、ここまでだと兄弟とか家族愛がテーマの冒険譚ぐらいに思うかもしれないが、実は話のスケールはもっと大きい。この天才少年の兄が国家錬金術師という軍隊のエリートになったため、物語は軍隊やその国の影の支配者などの話にうつっていく。

 アニメ版の『鋼の錬金術師』は2つのバージョンがあり、後半部分はまったく異なる物語になっている。一つ目のアニメは原作とは異なるオリジナルストーリーで、次に作られたアニメは原作の漫画の物語を忠実に再現している。今日見たのは、原作に忠実なほうのバージョンで、今日の話は第52話にあたる。まあ『鋼の錬金術師』はどこを見ても面白いから、今日の回だけ面白いというわけではない。ただ、3週間ぐらい前から話はどんどん盛り上がってきている。その興奮が冷めないうちに、面白いということだけでも言いたくてブログに書いただけなのだが、まあそれだけだと小学生の感想文になってしまうので、いちお何が面白いかを少し紹介してみたい。

 もともと『鋼の錬金術師』に関しては、いつか思想的な背景なども交えてアニメの感想とか評論っぽいのを書きたいと思っていた。それが出来なかったのは、このアニメのスタンスがいまいち見えていなかったからだ。ところが、数日前「my日本」という日本を好きな人や保守系の人が集まっているできたSNSで、『鋼の錬金術師』が今の日本の状況を表しているんじゃないかといった書き込みがなされているのを見て、無性に何か書きたくなってしまったのだ。俺も『鋼の錬金術師』に現代日本を重ね合わせることがあった。

 ただ、それと同時に、『鋼の錬金術師』に見え隠れする左翼的な面もあるような気がしていた。だから、俺は自分の中でも、このアニメが思想的にどのような位置にあるのか定めきれずにいたのだ。もちろん原作が終わっていない今の状況で判断を下すことはできないのかもしれない。ただ全体的な印象として『鋼の錬金術師』が、一体どのような位置にあるのか、現在までの話の内容から推測してみたいと思う。なお俺の知識は1期のアニメと映画、昨日放映された分までの2期のアニメが主である。漫画の方は、23巻までは読んでいるのだが、はっきりとは思い出せず、ちょっと曖昧な部分もある。それ以降の漫画はまったく読んでいない。

 さて、話が前後するが『鋼の錬金術師』を知らない人のために、どのような話になっているか、もう少し詳しく解説してみたい。主人公たちの国は錬金術師と通常の兵器を使う兵隊からなる強大な軍隊を有していた。この国は議会もあったような気がするが、実際は軍の最高指揮官であるブラッドレイ総統が全権を握っている。ただし、君主国のように国内のマジョリティに対しては善政を敷いているのか、普通の一般市民は抑圧されているようには見えない。一方、対外的には強硬的な態度をとっているようだ。この国は敵対する国家に囲まれているので、国境付近では絶えず紛争などが起こっている。国内でも少数民族の暴動やテロなどに対しては、大規模な鎮圧部隊を送り込んで鎮圧してしまう面も持ち合わせている。ただし鎮圧部隊を送り込むのにも法的手続きなどが必要なようで、独裁国家のように、すぐに武力に訴えるようなことはしていないようだ。鎮圧された少数民族の一部は過激派のようなテロを行うものもいた(というか、錬金術を使う男が一人で軍隊や国家錬金術師と戦っていただけだが)。なお国の多数派は金髪の白人であり、この国家はドイツをモデルにしているような印象を受ける。また少数民族を抑圧している部分は中国を模している可能性もある。ただし全体的には中国共産党ほど国民が抑圧されていないため、むしろ軍事大国で一人の人物に全権が与えられているというあたり、アメリカの状況に似ていなくもない。さて、このような軍事国家なのだが、主人公は普通の優しい人たちに囲まれている。登場する軍人たちも、人間味あふれるキャラクターが多い。このあたり軍隊アレルギーとは異なっているようだ。

 さて、この国家には重大な秘密があった。それは、軍上層部の数人しか知らないことなのだが、この国家を裏から操っていたのは、実はホムンクルスと呼ばれる魔物たちであった。そして、その魔物たちが「父親」と呼ぶ「人物?」が黒幕だった。彼らは、「賢者の石」を作り出すために、人間の魂を必要としていた。そこで、国家を裏から操って、近隣諸国に絶えず戦争を仕掛けたり、暴動を起こさせたりして、多くの血を流させてきた。それを知った主人公や彼の仲間の軍人たちが、国家のためにクーデターを起こすというのが今までの放送分である。

 このクーデターを引き起こしたあたりが、とても面白い。そして、このあたりの話の展開を見ていると、確かに今の日本の状況を思い浮かべてしまいたくなる。ただ、この漫画は日本の現状を表現しているわけではないと思う。盛り上げるためにこのような話の展開になっていったのだろう。ただ、偶然にも、今の民主党に愛想をつかした日本人がクーデターに憧れ、この人気アニメからそのようなメッセージを取り出したのだと思う。

 この漫画はむしろ左翼的思想が垣間見れる。例えば、この漫画の原作の大きなテーマの一つは「差別」だ。もちろん差別はよくないというような説教くさい話ではない。そうではなくて、映画『X-MEN』のように「差別」や「憎しみ」が複雑に絡み合い、どちらが正しいといいがたいような感情が渦巻いている。そして、それをどのように乗り越えていくかというのが大きなテーマの一つだと思うのだ。

 この漫画では「差別」の象徴はスカーと呼ばれる男の存在で表されている。彼はイシュヴァール人と呼ばれる人種で、肌の色が濃い。イシュヴァール人は少数民族としてこの国に組み込まれているのだが、イメージとしてはアメリカ先住民に近い感じだろうか。不当な差別や抑圧に対して、イシュヴァール人は軍隊と小競り合いを起こすことも多かったのだが、ある日、イシュヴァール人の少女が公衆の面前で軍人に射殺されるという事件が起きてしまう。それをきっかけに各地のイシュヴァール人が蜂起し暴動は全国に広がっていった。それに対して、軍部は戒厳令を敷き、最終的に鎮圧部隊を送ってイシュヴァール人を殲滅した。残ったイシュヴァール人は町外れなどに逃げ込み、難民キャンプのようなものを形成するのだが、その中で「スカー」と呼ばれる男は家族や一族の仇を討つため、イシュヴァール殲滅戦に加担した国家錬金術師たちを次々と暗殺していく。ただ「スカー」も、実は問題をかかえていた。実は主人公の天才錬金術の少年には幼馴染の少女がいるのだが、彼女の両親は医者であった。そしてイシュヴァール殲滅戦のときに、イシュヴァール人を救おうとがんばっていた医者が彼女の両親だったのだ。この両親はイシュヴァール人たちからも感謝されていたのだが、「スカー」が間違ってこの両親を殺してしまう。つまり主人公の幼馴染から見たら、「スカー」は民族解放や社会正義のために戦っている英雄でもなく、ただの両親の仇でしかないのだ。そのあたり、一概に何が正しくて何が間違っているのかなどとは軽々しく言えないという社会の不条理を教えてくれている。もちろん歴史の流れから見たら私怨などは取るに足らないことがらなのかもしれない。ただ、それも、見る人の視点や境遇によって、様々な解釈がありうるということを子どもも楽しめるアニメや漫画で表現できていることは興味深い。まあ、このようなポストモダン的視点は、この漫画に限ったことではなくて、漫画やアニメ全般に言えることなのだが。。。
 
 イシュヴァール人の差別問題に関係した物語は他の場所でもいろいろと出てくる。例えば北方軍の女性指揮官は強さと美しさを兼ね備えた白人女性なのだが、彼女の直属の部下はイシュバール人の男とアジア系の男である。どちらも副指揮官のような存在として活躍しているのだが、アニメではこの女性指揮官に次のようなことを言わせている。それは、色々な人種の部下を持つことで、様々な考えや視点を得ることが出来る。それが白人として生まれてしまった自分の硬直した視点を解消してくれるのだ、と。このあたりに、人類学者のような発想であるし、またコスモポリタン的なものに価値を置いているように見える。もちろん彼女は指揮官として国家に忠誠を尽くしているし、軍隊というものを否定しているわけではない。さらに彼女の価値観を否定しているわけでも、もちろんない。そうではなく、自分の価値観をしっかりと持ちながら、他の価値観を持っている人間と絶えず交流することで、自分の価値観を相対化しうる強さを持っているのだ。このあたり左翼思想であるポストモダン的リベラリズムに近い考えだが、保守主義とも通じるものがある。ただ間違ってもサヨク思想ではないのは明らかだ。

 なおサヨク思想といえば、『鋼の錬金術師』の劇場版の映画について触れておかないといけない。これは一つ目のアニメの続編という位置づけなのだが、その映画のなかでは「差別」というテーマが大きくクローズアップされていた。錬金術の世界はパラレルワールドであったという物語設定のもと、主人公たちは「真実の門」を通って、20世紀初頭のドイツに飛ばされてしまう。そこではナチス党員たちの力が強まっていて、ドイツ人同士では普通の優しい人たちが、ジプシーたちに対しては差別的な行動をとっていくというような時代が映し出されていく。この反ナチスというハリウッドの左翼とよく似たステレオタイプが物語の本編とはほとんど関係なく映し出され、弱者の視点に立つだけの「差別することはよくない」という一方的で安直なメッセージだけが語られる。このアニメ自体、原作とはまったく異なる物語になっているので、アニメの製作者が原作者の考えをどこまで表せているのかはわからない。俺としては、パラレルワールドを出したりしたのですごく面白いと思ったし、劇場版の物語自体は大好きだ。だから全体的には劇場版はとてもよく出来ていると思う。ただ差別反対という安直なメッセージを出しすぎていたような印象を受ける。むしろ『鋼の錬金術師』の原作の方が「差別」問題をもっと深く表現できていると思うのだ。

 原作では少数民族の存在を諸手を挙げて賞賛しているわけではない。さっきも言ったように「スカー」を単なる英雄に祭り上げているわけではない。イシュヴァール殲滅戦に参加した軍人たちが殲滅戦を回顧するシーンでは、軍隊の不条理な命令に背けなかった彼らの苦悩が映し出される。しかしそれも単純な軍隊批判にはなっていない。もっと根源的な問題を示している。それは人間はいい面も悪い面も持ち合わせているし、民族も同じことだということだ。何かが絶対に正しくて、他のものが絶対に間違っているといった単純化はなされていない。だから「スカー」は英雄であり、同時に「殺人者」でもある。登場人物のほとんどは金髪の白人であるが、彼らは普段は心優しい人たちである。しかしイシュバール殲滅戦では、軍の命令どおり殲滅戦に加担した。それが軍人の務めだからだ。まあ、こんな風に、原作の漫画の方はリアルな現実を突きつけてくれているように思うのだ。だからこそ、「平和」や「差別反対」「反軍隊」などのサヨク的な安っぽいスローガンのハリウッド映画よりも、もっともっと深いテーマを表した物語になれたのだと思う。

 さて、『鋼の錬金術師』の思想的背景を書くとかタイトルでは言ってたくせに、物語の紹介だけを長々と書いてしまって、大して面白いことは言えなかったのだが、最後に一つだけ付け加えておきたいことがある。それはイシュヴァール殲滅戦を引き起こした、イシュヴァールの暴動の原因についてである。物語の最初のほうでは軍人がイシュヴァールの少女を街中で射殺してしまったことに端を発していたとなっていたのだが、物語の中盤で真実が明かされる。実はその射殺した軍人というのがホムンクルスという魔物が軍人に変装していたのだ。つまり軍隊もイシュヴァール人もどちらも騙されていたわけで、そのような真実を知らずに泥沼の戦いに入っていったわけだ。ここら辺の話を日本人が見ると、やはり盧溝橋事件などを思い起こさずにはいられない。つまり軍部を旧日本軍、ホムンクルスをコミンテルン、イシュヴァール人を中国とすると、イシュヴァール殲滅戦は日中戦争を暗に表しているように見えてくくる。まあ、コミンテルン陰謀論を信じていない人には、この陰謀論めいた解釈はちょっと理解に苦しむかもしれないが、それでも、何か影の組織があって、それによって軍部も少数民族も騙されているというものは、コミンテルン陰謀論者にとっては、魅力的な解釈になるのではないだろうか。俺は個人的にコミンテルン陰謀論も信じているほうなので、『鋼の錬金術師』は、現代の日本を表しているというよりも、日中戦争あたりを表しているというほうがしっくりくる。まあ、そんな感じなので『鋼の錬金術師』は思想的に右にも左にも喜ばれる結構面白いアニメだと思う。

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私は、保守主義のコミュニタリアンです。文化相対主義を追求するなら、すべての文化を尊重する保守主義しかないと信じています。ただリベラルと保守はある程度両立する概念だと思っているので、基本的にはリベラルでもあります。なので、自分としては中道右派ぐらいのつもりです。日本が好きです。時々右よりの発言をします。でも危ない人間ではありません。構造主義が好きなのですが、ポストモダンも好きです。あとマルクスも好きです。

専門は考古学です。地理情報システム(GIS)や統計学、空間分析、文化人類学(特に宗教人類学と経済人類学)、社会思想、進化考古学、景観考古学、人文地理学、数理生物、行動生態学などを勉強してきました。CRMや少数民族の文化復興運動についてもいろいろと考えています。最近はサブカルチャー特にオタク文化に興味があります。経済学は大の苦手です。

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