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「最強じーちゃん」考

 アニメとか漫画には、強いじーさんがよく登場する。強いという次元じゃなくて、それは反則だろっていうぐらいの強さを見せる時もある。だいたい拳法使いとか忍者なのだが、例えばハンターハンターのネテロ会長とキルアのおじいさんとか、グラップラー刃牙の愚地独歩とか、バジリスクの甲賀弾正とお幻とかだ。スプリガンでも強いお医者さんが出てきてる。あ、あと鋼の錬金術師に出てくるランファンのおじーさんもね。俺はそこまでアニメ・漫画を知らないので他の例はすぐには思いつかないが、実際にはもっといろいろな例があるだろうと思う。

 こういう年寄りが強いってのは、ハリウッド映画ではカンフーとか空手もの以外では、ほとんどみかけない。やっぱり東洋的な感覚なんじゃないかなと思う。日本的というよりも東洋的というのは、中国でもそういうイメージが強いからだ。香港映画とかでは、拳法の達人は大抵おじいさんだ。中国の年寄りヒーローってのは、背が低くて小太りで見た目は貧相で、強さなんて感じさせずに、弱そうに酒場の片隅で酒とか飲んでるが、戦うと強い。社会の落後者のように見える人が、実はすごく強かったという意外な展開が中国人は好きなのかもしれない。日本人もそういう意外性を好む民族だと思う。

 さて、なんで年寄りが強いのか。意外な人物が強いという面白さだけではないはずだ。意外性だけなら赤ん坊が強くてもいいはずだけど、そういうのはあまりない。意外性というよりも、むしろ精神論や技術偏重の文化だからのような気がする。もともと歳をとったら肉体的には衰えるというのは、誰が見ても明らかだ。しかしカンフーや日本古武術など技の鍛錬を重視する武道では、肉体的な強さだけではなく、精神的強さが必要であるし、また知識も必要だ。例えばカンフーパンダでは、免許皆伝の技が書かれた巻物を手にするだけで最強になる。よく考えると巻物を手に入れただけで強くなるなんてありえないだろう。しかし東洋の格闘技では、達人のレベルは知識=強さなのだ。だから奥義を「知る」ことは、すなわち奥義を「使える」ことに他ならない。そこに腕力は必要ない。ついでに技重視だから、マッチョである必要もない。だからこそ、香港映画や日本映画では女武闘家も早い時期から問題なく受け入れられたのではないかと思う。

 中国では、道士や仙人というのもいる。道士は道教を修行している人で、彼らの最終目標は仙人になることだと思うんだけど、その仙人というのは、ありえないくらい尖った山のてっぺんに住んで霞を食って生きている不老不死のおじいさんだ。彼らは知識が豊富だということで、尊敬されている。哲学者+宗教家みたいなもんか。知識があれば何でも出来るというものの見本のようなもんだ。で、香港映画や日本漫画などでは仙人は格闘技にも通じている。例えば、漫画『スプリガン』の朧みたいに仙人を目指して修行しているキャラが有名だ。あとは夢枕漠の小説『闇狩り師』の九十九乱造とかね。まあ乱造はマッチョなんだけど、ここではおいておいて、朧に焦点を当ててみたい。朧のイメージで興味ぶかいのは、彼が女性的な体つきをしている点だ。しかし強い。朧の敵に硬気功を使うマッチョな男が出てくるが朧には敵わなかった。硬気功とかマッチョとかって男性的な強さなのだが、朧はそれとは正反対のイメージを持っている。そして、それが仙人の強さを表現しているように思えるし、そのようなイメージが違和感なく受け入れられる背景には、仙人の使う拳法は肉体的な強さではなく、精神的・技術的な強さが重要であると考えられているからだろう。さらに女性的というイメージも付け加わると、次のような対立的構図が描けるかもしれない。すなわち(男性、若さ、肉体的強さ、マッチョ、馬鹿)対(女性、年寄り、精神的強さ、華奢、知性)である。

 このようなイメージは西洋にも見られるのだろうか?知識が豊富な年寄りというイメージは西洋にも存在したと思う。例えば森の中に住む隠者であり、マーリンのような魔法使いだ。彼らはある程度歳をとっていないといけない。魔女も特別な知識や能力を持った老婆であることが多い。しかし西洋では強い年寄りが出てこないような気がする。強い魔法使いはいても、強い挌闘家はいないのではないだろうか。知識が豊富であるというイメージは残っているのに、強いじーさんのイメージがないのは、おそらく東洋と西洋の武術の違いに起因するのかもしれない。ヨーロッパには剣術などもあったようだが、中国や日本のように体系だってはいなかったようだ。だから腕力などの強さが重要になっていた。つまり歳をとって肉体が衰えると強さがなくなってしまうのだ。

 一方、日本や中国は技にこだわっていた。繰り返しになるが、技の強さは、腕力ではなく技量だから鍛錬を重ねれば重ねるほど強くなる。その結果、歳をとった方が強くなるわけだ。つまり歳をとっていても高度な技を知っている(知識が豊富な)経験豊かな年寄りの方が、若造よりも強いという考えになったのだろう。

 このような違いがハリウッド映画で最強じーさんが生み出されない理由ではないかと思う。またアメリカは西洋よりもさらに一歩進んでしまっている。それはどういうことかというと、もともとアメリカ的な考えは、上の世代を乗り越えて新しいものを作り出すということを美徳にしているふしがある。伝統文化を持たない近代の人工国家で進歩を標榜している国だからだと思うが、アメリカ人を支えているのは、新しいものは常に優れているという信念だ。だから教え子は先生を乗り越えていかなくてはいけないし、子供は親を乗り越えないといけない。彼らと同じことをしていてはいけないのだ。

 日本でも師を見て学ぶのではなく、師の見ているものを見ろと言われる。師を見ているだけでは、師匠以上にはなれないからだ。つまり師と同じ道を突っ走り、師は到達出来なかったが師が目指していた場所に到達することが、師を乗り越えるという意味だった。

 しかしアメリカの方法は違う(なお、ここでいうアメリカとは70年代以降の現代アメリカになるかもしれないが)。アメリカではおそらく師を否定しろという考えが主流だと思う。師が正しいとか間違っているとかではなく、まず否定しなくてはいけない。否定してそれを乗り越えなくてはいけないという風潮がある。だから例えばアメリカのアカデミックな世界では、学説は振り子のように周期的に大きくぶれて、また戻ってくるということ繰り返しているような気がする。まあすべての学問がそうだとは言えないかも知れないが、日本のように自分の先生の学説を後生大事に守っていくというスタンスとは真逆なのは確かだろう。その違いはおそらく年長者というかお年寄りが知識や経験豊かであるという考えに基づいているのかどうかが関係しているのではないかと思う。

 ハリウッド映画で、このような師弟関係がクローズアップされている映画にスターウォーズが挙げられる。日本の影響が強いので、一概にアメリカ映画と言えるかどうかはわからないが、この映画では興味深い点がいくつか見られる。まずエピソード4では、ルーク・スカイウォーカーの師匠になるオビ=ワン・ケノービが出てくる。オビ=ワンは隠者のような生活を送っているが、実はフォースという特別な力を使うジェダイの騎士であり、ようするに強い。ただ、その強さは、ある意味魔法使いの強さに似ている。さて、ルークとオビ=ワンの関係だが、ルークは一貫して教えを乞う態度を示しており、オビ=ワンを乗り越えようとする緊張関係は見られない。すなわち、極めて日本的な師弟関係のような気がする。エピソード5ではルークはヨーダという老人に教えを乞うのであるが、ルークとヨーダの師弟関係も、最初のルークの無礼な態度を抜かせば、東洋的な師弟関係に近いものだ。一方、エピソード1では若き日のオビ=ワン・ケノービと彼の師匠、またエピソード2ではオビ=ワンと彼の弟子との間に師弟関係が見られるわけだが、どちらも師匠と弟子の間に競争・対立関係が生じている。そして弟子は師匠を乗り越えようとする姿が映し出されているところがアメリカ的のような気がする。エピソード4、5、6が先に作られたので、もともとは日本的な影響が強かったものが、エピソード1、2、3を作った2000年代にはアメリカ的な価値観が入り込んできたということだろうか?しかし、エピソード3でも東洋的な要素は色濃く残っている。例えば、エピソード3では小柄なヨーダが活躍するシーンがあるのだが、彼が飛び回るシーンなどはカンフー映画を思い起こすだろう。そのあたり、ニューエイジ的映画の先がけとしてのスターウォーズならではと言えるかもしれないし、香港映画やアニメなどの影響で、小柄でも強いというキャラクターが好まれるようになったのかもしれない。(なお、小柄なキャラが強いというのは、シェーンなどに見られるようにアメリカ人も好きな展開だった可能性もあるわけだけど)。

 まあ、こういう感じで、東洋と西洋では年寄りに対する見方が微妙に違うこと、さらにアメリカでは師弟関係とかもだいぶ違うということが映画などを見ていると見えてくるような気がするということで、まとめとしよう。というか、何を言いたいのかわからなくなってきたので終わりです。いつも尻切れトンボですいません。



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私は、保守主義のコミュニタリアンです。文化相対主義を追求するなら、すべての文化を尊重する保守主義しかないと信じています。ただリベラルと保守はある程度両立する概念だと思っているので、基本的にはリベラルでもあります。なので、自分としては中道右派ぐらいのつもりです。日本が好きです。時々右よりの発言をします。でも危ない人間ではありません。構造主義が好きなのですが、ポストモダンも好きです。あとマルクスも好きです。

専門は考古学です。地理情報システム(GIS)や統計学、空間分析、文化人類学(特に宗教人類学と経済人類学)、社会思想、進化考古学、景観考古学、人文地理学、数理生物、行動生態学などを勉強してきました。CRMや少数民族の文化復興運動についてもいろいろと考えています。最近はサブカルチャー特にオタク文化に興味があります。経済学は大の苦手です。

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