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3D映画を考える

朝鮮日報にすごいコラム発見!

「日本で3Dに夢中なのは家電業界だけ」
キネマ旬報映画総合研究所・掛尾良夫所長が語る
http://www.chosunonline.com/news/20100504000064


掛尾所長は最近の日本映画について、あまりに小さなテーマを中心に制作されていることが少し心配だとしながら、「間もなくロマンポルノ(ポルノ映画)が3Dで登場するだろう」と語った。


ロマンポルノに3D

これって俺が昨日言っていたことじゃん!
この所長さんと同じ考えで、なんかちょっと嬉しい。

まあ、でも、いい歳こいて、毎日エロビデオの話ばかりだと、俺の頭の中身を疑われるので、ここら辺で止めておこう。今日、この記事を取り上げたのは、実はもう一ヶ所おもしろい部分があったからだ。それが、この部分。

掛尾所長は3Dは監督の創意を低下させると話し、3D映画には懐疑的だった。「制約が多いほど、監督は想像力を発揮します。市川崑監督の白黒映画『ビルマの竪琴』(1956年)は、『ビルマの地は赤い』という字幕で始まります。この場面では、白黒画面から強力な赤い色が感じられます。無声映画からは音を感じさせ、白黒映画では色を、2D(二次元)映画からは深さを感じさせるのが、映画制作者の想像力です」。


 つまり3D映画というのは想像力を無くしてしまうのだ。偶然にも、昨日立ち読みしていた雑誌にも、シナリオライターの女の人がまったく同じことを言っていた。リアリティを追求するということは、行間を読めなくなっていく。つまり、解釈がそれしかなくなってしまうのだ。無声映画では音を感じさせるような演技が必要だったし、聴衆もいろいろな解釈をすることができた。白黒映画では色を想像させることができたし、聴衆も自分の想像の中で色を感じることができた。そういう想像力が製作者も聴衆もどちらも欠如していく方向に動いているのではないだろうか?もっと広げれば、小説では想像をフルに発揮しなくては、その情景は見えてこない。作者が表現した情景と、文章を頼りに読者が抱いた情景はもちろん同一のものではない。そこに面白さがうまれるのだし、その差異から新しい解釈が生み出させる。ラジオ小説でも同じことだと思う。そういえば、映画『ラジオの時間』でも、ラジオ小説の素晴らしさを力説しているシーンがあったのだが、こんな感じのことを言っていたと思う。

 確かに3Dは想像力というか多様な解釈を減らしてしまう。こういうのって絵画でもそうだし、アニメとCGの違いなどにも見られるような気がする。つまり写実主義と印象主義の違いというやつなのだろう。まあどっちも生き残っているところを見ると、別にどっちがいいというわけでもないんだろうけど、芸術性から見たらやっぱりいろんな解釈のある方がいいと思う。3Dやリアリティを追求したCGなんてのは、インパクトはあるんだけど、ある意味、素人受けのテクニックでしかないんだよね。そういう小手先だけのテクニックってのは、ある程度見慣れると飽きてくる。
 
 こういうのって不思議なんだけど、結構違うとこでも同じようなことが言われていると思う。例えば、俺が研究で使っていた地図とかグラフなんかでも同じようなことが起こっていた。俺は研究にRという統計解析ソフトとArcGISという地図作成ソフトを使っていたんだけど、地理学の授業とかで言われていたのは、見てすぐにデータが読み取れるようなわかりやすいグラフや地図を描けということだった。データの提示が目的だからね。同様に、パワーポイントも余計なアニメーションはつけずに、シンプルにしろと言われていた。アメリカ人の先生が、シンプルにしろというのがすごく新鮮だった。だってアメリカ人って目立つだけの小手先の技とかが、ほんと好きだからね。俺の偏見かもしれないけど(笑)。でも実際、日本語の授業でグラフとか描かせると、ビジネスメジャーとかの学生はエクセルで作った3Dグラフとかが好きなんだねー。3Dにする必要がまったく感じられないデータを3Dにしてくる。まあアメリカに限らず、日本でもビジネス系の人とかは3Dグラフとか好きそうだよね。というか多くの人はやっぱり3Dグラフとかが好きなんだと思う。パワーポイントもくるくる回りながら出てきたりするのがかっこいいと思ったり。

 でもあるレベルに達すると、そういう小技がすごく虚しく見えてくるんじゃないかな。で、自分は本当は何を表現したいんだろうって考えるようになる。表現するものの本質は何だろうってね。最終的にに行き着く先は、極力無駄を省いたシンプルな作りになっていく。その無駄を省く方向ってのは、もろ日本の美というものと重なっていくとこが面白い。例えば、一番有名なのは俳句だろう。多くの単語を使えばリアルに描写できるけど、半面、ある一つの現象しか表現できなくなる。しかも冗長な印象も与えてしまう。そのような余計な単語をぎりぎりまで排して、ものの本質を表現しようとするのが俳句なんじゃないかなと思う。水墨画もそのような方向で発展してきたんだったっけかな。つまり日本の美は無駄をなくす方に動いて行った。だからリアリティから抽象へという感じだ。複雑な現象を複雑にとらえてリアリティを追求しようとする運動の果てに行き着いた3D技術の方向とはまったく逆になっている。

 まあなんだかんだ言いながらカラーの映画がなくならないところを見ると、3D映画も普通になっていくんだろう。そして3Dを駆使して、なおかつ考えさせる映画とかも作られるんだろうとは思う。ただ、リアリティを追求する方向ではなく、もっと違う方向に向かうベクトルもあるんじゃないかなとも思う。そして、それは日本アニメであり、岡田斗司夫さんが主張していた「江戸の粋文化を継承したオタク文化」なのではないかと思うのだ。つーことで、日本は3DCGなんかに負けないようなアニメを作っていって欲しいし、日本映画も3Dという安直な方向ではない、もっと違う表現方法を模索していって欲しいと思う。



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私は、保守主義のコミュニタリアンです。文化相対主義を追求するなら、すべての文化を尊重する保守主義しかないと信じています。ただリベラルと保守はある程度両立する概念だと思っているので、基本的にはリベラルでもあります。なので、自分としては中道右派ぐらいのつもりです。日本が好きです。時々右よりの発言をします。でも危ない人間ではありません。構造主義が好きなのですが、ポストモダンも好きです。あとマルクスも好きです。

専門は考古学です。地理情報システム(GIS)や統計学、空間分析、文化人類学(特に宗教人類学と経済人類学)、社会思想、進化考古学、景観考古学、人文地理学、数理生物、行動生態学などを勉強してきました。CRMや少数民族の文化復興運動についてもいろいろと考えています。最近はサブカルチャー特にオタク文化に興味があります。経済学は大の苦手です。

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