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Instagramを考える

 はっきり言って眠いです。でも、ここで書かないと、また数ヶ月放置してしまいそうなので、駄文で恐縮ですが、とりとめのない話をだらだらと書いていきたいと思います。ブログというよりも、ほとんど文章を書く練習というかリハビリみたいなものになってしまっているので、何言ってんだみたいな感想を持つかもしれませんが、ほんと140字以上の文章が書けないんです。なので大目に見てください。よろしくお願いします。

 で、本題に入りたいと思うのだが、昨日予告したとおり、今日はInstagramについて話してみたい。先週、俺はInstagramというiPhoneアプリをダウンロードした。写真を見せ合うSNSで、簡単に言えば、つぶやきの代わりに写真をアップするツイッターのようなものだ。Instagramは最近出来たばかりのアプリらしいのだが(ウェブでInstagramに関する記事を読んでみると10月上旬ぐらいに出来たらしい)、最初の一週間ほどで10万ダウンロードされたという。それがどの程度すごいのかということはあまりピンとこないが、多くの人が枕詞のようにInstagramの説明の最初に書いているので、おそらく、すごいことなのだろう。まあ一人だけ、Instagramは日本の一部でしか盛り上がっていないのではないかという見方をしている人もいたのだが、とりあえず普通のアプリやSNSよりもすごいということで話を進めたい。ではInstagramは、なぜこれほどまでに人気になったのだろうか?そして、それは一過性の人気なのか、それとも持続的な人気なのだろうか?その辺りを少し考えてみたい。

 そもそも写真を共有して評価しあうというサイトは前からあった。写真サイトが多くの人をひきつける理由には二つあると思う。ひきつける理由というよりも、利用の仕方が2つあると言った方が正しいか。一つは自分の撮ったスナップ写真を友達や家族と共有するという使い方だ。知らない人に見せるのではなく、友達や知人に自分の写真を見せたいと思ったとき、わざわざファイルサイズの大きな写真をメールで送るよりも、サイトにアップしておいて、見たいときに見れるようになっているほうが、写真を見せるほうも見るほうも楽だろう。写真を保存しておけるサイトというのは昔からあったし、その多くがこのような使い方だったと思う。また個人のブログやHPに写真をアップするのも、このような動機からというケースが多かったのではないだろうか?これらのサイトの利用者は見るほうも見せるほうも共に見たい・見せたいという欲求が強かったように思う。つまり、写真を見せたいが見せる手段が、プリントされた写真を手紙で送るよりもメールの方が楽で、メールで重たい画像ファイルを送るよりもサイトにアップした方が楽だという流れで、サイトにアップする方法がとられたというような気がする。最近流行っているフェイスブックも友達や知人に写真を見せるために写真をアップする人が多い。だから芸術系の学生とか特別な人たちの写真を除けば、スナップ写真が多いし、内輪で楽しむ写真がほとんどだ。ただフェイスブックが若干異なるのは、見せたい対象が少し広がっているということにある。見せる人と見る人以外に、関係のない人達(見せる人か見る人と何らかの関係を持っているが、両者と写真を共有するという間柄ではない人たち)も写真を見ることが出来ることが多い。もちろん赤の他人のブログやHPにアクセスしたら、たまたま見知らぬ人たちの写真を見たということもあり得るが、フェイスブックは、ある程度距離が近い。例えば学校で顔は見たことがあるが、話したことはないという、違うグループに属するクラスメートのパーティーの様子などを見ることが出来るというのはフェイスブックならではだと思う。その辺りにフェイスブックの新しい可能性があるのだろう。

 話を戻すが、このように知人や友人・家族に見せるという利用法が一つ目だが、もう一つは自分の写真を多くの人に見て欲しいという欲求を満たす利用法だ。もともとは写真マニアなどしか、このような欲求は持っていなかったと思うが、コンパクトカメラやデジカメが普及して誰でも気軽に写真が撮れるようになった。その結果、多くの人たちが写真を撮る喜びを覚え始めた。つまり写真を撮るということはプロでなくても楽しめるようになったのだ。しかし、写真は撮れても、写真を発表する場があまりなかった。昔はコンテストなどに応募するか、友達が家に来たときに見せる程度だったのではないだろうか?10年ほど前からHPやブログなどが発達してきて発表しやすくなったとはいえ、ネット上に点在してしまっていては、写真を効率的に見てもらうことはできない。だから写真をアップしたHPが繋がるグループを作ったり、写真専用のブログとして登録したりしていた。そのような涙ぐましい努力をしてきた人たちにしてみたら、Flickrやフォト蔵などは画期的なサービスだったと思う。なぜなら、何もしなくても、写真好きが集まってきて、自分の写真を見てコメントまでしてくれる。夢のようだ。

 俺も実はFlickrとフォト蔵のアカウントをとって、ちょっとだけ写真をアップしたことがある。他の人たちの写真にコメントしたら、コメントを返してくれて、結構楽しかった。しかしちょっと大変な面もあった。なんせアップする写真をそろえるのが大変だ。HDに保存されている昔の写真から不特定多数の人たちに見せてもおかしくない写真を探してくるのは結構大変だし、ストックがないからといって、芸術的な写真をばしばし撮ろうと思っても、プロじゃあるまいし、そんなに撮れるわけもない。さらにPCからサイトにアップするのは結構面倒くさい。Flickrやフォト蔵もiPhone経由でアップすることもできるのだが、デジカメからPCに移して、そっからドロップボックスに入れてiPhoneに転送し、それをアップするというのは結構めんどい。ということで、結局面倒が重なってサイトに行かなくなり、行かなくなると、他の人のコメントに返事書けないから、もっと行きづらくなり、という悪循環が重なって、ようするに挫折する。少なくとも俺は一週間で挫折した。

 そんな俺がInstagramを評価しているのには理由がある。そして、その理由が、おそらく一ヶ月あまりで多くの人を魅了した理由なのではないかと思うのだ。それは簡単に写真を加工してアップできるという点だ。これはもう何度となく言われ続けているので、別に大したことではない。ただ、写真をウェブにアップする容易さという点ではなく、この加工という点に関しては、フォト蔵やFlickrユーザーがあまり重視してこなかった、もっと言えば忌避してきたものではないかと思う。忌避は言い過ぎかもしれないが、少なくとも多くの人たちは加工した写真を使うことに関して抵抗があったのではないかと思うのだ。つまり、少し大げさな言い方をすれば、Instagramが流行った背景として、写真の加工という点にかんしてパラダイムシフトを起こしているのではないかと思うのだ。そして、そのような流れはiPhoneの写真アプリですでに起きていた。ちょっと眠いので、次回に続く。


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私は、保守主義のコミュニタリアンです。文化相対主義を追求するなら、すべての文化を尊重する保守主義しかないと信じています。ただリベラルと保守はある程度両立する概念だと思っているので、基本的にはリベラルでもあります。なので、自分としては中道右派ぐらいのつもりです。日本が好きです。時々右よりの発言をします。でも危ない人間ではありません。構造主義が好きなのですが、ポストモダンも好きです。あとマルクスも好きです。

専門は考古学です。地理情報システム(GIS)や統計学、空間分析、文化人類学(特に宗教人類学と経済人類学)、社会思想、進化考古学、景観考古学、人文地理学、数理生物、行動生態学などを勉強してきました。CRMや少数民族の文化復興運動についてもいろいろと考えています。最近はサブカルチャー特にオタク文化に興味があります。経済学は大の苦手です。

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