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人の幸せ (後編)

それでは人間の幸せとは何かという話に入りたい。多様性を考える言論誌kotoba第二号に「幸福に結びつく豊さとは?」と題して、ネパールの事例が紹介されている。ネパールは最貧国なのだが、国民が幸福と感じているかどうかを計る幸福度は日本よりも高いのだそうだ。この記事を書いているのは宗教人類学者なのだが、彼によると、ネパールでは様々な通過儀礼を経て、歳をとるとともに、どんどんレベルがあがっていくのだという。例えば90歳の老婆の事例が紹介されているが、彼女はすでに神として崇められているそうだ。つまり歳をとることが極めてポジティブに考えられている。そのようなイメージは死後の世界にまで拡張されている。だから日本の高齢者のネガティブなイメージとは対照的に、ネパールの人たちは未来に対してネガティブにはなっていない。それが幸せの一つの条件ではないかと、この人類学者は考えている。彼は次のように言っている。

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つまり、人々が幸せでいられるには、いま現在がうまくいっているかどうかということではなく、「未来が確実に幸せかどうか」ということにかかっている。
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この指摘は重要だ。昨日書いたように、パチンコで勝って大金が舞い込んできたとしても幸せを感じられないことの一つに、将来への不安があった。今日大勝ちしたからといって、明日勝てる保証はなにもない。大金を持っていても、不安なのだ。もちろんパチンコをやめて、その大金を使うという選択肢もあるのだが、普通はそこでやめられないのが人間の性だろう。明日勝つかもしれないというのに、みすみすチャンスを逃すギャンブラーはあまりいないと思う。結局すっからかんになるまで、終わりのない泥沼のパチンコの日々を続けざるを得ない。

同じようなことは株でも見られるだろうし、形は若干異なるが、大量消費社会にも見られるのではないだろうか?

大量消費社会では、企業は絶えず新しいものを作り出し、消費者に買わせるようにする。そうしないと企業はやっていけないからだ。そこで広告などを活用して、物欲を刺激し新しい商品を絶えず買うようにしむけていく。例えばPCを持っていて別段機能的に困っているわけではないとしても、新しいPCを欲する様に使いもしない余分な機能をつけたり外見を良くしたりして絶えず消費者の購買欲を刺激する。その結果、必要でもないものを買い、まだ使えるものを廃棄する。そこにあるのは、絶え間なく湧き上がって来る物欲だ。一度ついた欲望には終わりはない。常に新しいものを買うが、それで欲望が満たされることはない。もちろん買ってすぐのころは一番のお気に入りになっているだろう。束の間の幸せを感じることはできるかもしれない。しかし、それはほんの一瞬だ。すぐに新しいものを渇望し、その欲望は日に日に強くなっていく。その繰り返しである。その欲望を永久に満足させるものはない。抑えることができるのはほんの一瞬である。どこかパチンコに似ていないだろうか。束の間の幸せを得ることしかできず、そのあとはまた欲望がめらめらと噴出してくる。常に何かを求め、満足することができない。そんな状態で幸せを感じることができるかといえば無理だろう。つまり、物欲を刺激され絶えず新しいものが必要だと喧伝される消費社会では、自分の欲望を満足させることはできないのだ。消費者が満足してしまったら企業は困る。だから、物欲を絶えず刺激するしかない。だとしたら、消費社会というものが、そもそもの問題なのではないだろうか。それが人間の幸せを阻害しているのではないだろうか。

面白いことに仏教では欲をなくすことで、心の平穏を取り戻そうとした。神に奇跡を求めたり、心の平安を祈ったり、幸福を祈願したりするのではない。幸せを感じるために、外部を変えるのではなく、その人の心の内部を変革する。これは大変興味深いことだと思う。

幸せは何かを得る事ではないのだ。金があっても、もっと欲しくなる。女に不自由なくても、他の女が欲しくなる。綺麗な服を持っていても、新しい服が欲しくなる。何かを持つということで欲望を抑えても一時的にしか抑えられない。新しいものを持ちたいという欲望は渇望にかわり、その渇きを永久に潤すことなどできない。何かが足りないから幸せになれないのではない。何かを欲しいと思うから幸せになれないのだ。だから、その欲望を無くせば心の平安が訪れる。そこにこそ、幸福がある。

物が氾濫している現代社会では、物を所有すれば、それを欲する欲望が満たされ幸せを感じることができると考えがちだ。
しかし、真の幸せはまったく逆で、物を持っていなくてもいいのだ。むしろ無いほうがいいかもしれない。無欲になること。それだけで、薄っぺらい物質主義では達成出来ない真の幸せを得ることができるだろう。
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私は、保守主義のコミュニタリアンです。文化相対主義を追求するなら、すべての文化を尊重する保守主義しかないと信じています。ただリベラルと保守はある程度両立する概念だと思っているので、基本的にはリベラルでもあります。なので、自分としては中道右派ぐらいのつもりです。日本が好きです。時々右よりの発言をします。でも危ない人間ではありません。構造主義が好きなのですが、ポストモダンも好きです。あとマルクスも好きです。

専門は考古学です。地理情報システム(GIS)や統計学、空間分析、文化人類学(特に宗教人類学と経済人類学)、社会思想、進化考古学、景観考古学、人文地理学、数理生物、行動生態学などを勉強してきました。CRMや少数民族の文化復興運動についてもいろいろと考えています。最近はサブカルチャー特にオタク文化に興味があります。経済学は大の苦手です。

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