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シャーマンの話

この前、ドラマ「トリック」の劇場版がテレビで放映されていた。「トリック」は10年ほど前、深夜番組枠で放送されていたらしいのだが、私がこのドラマの存在を知ったのは去年のことだ。去年、お気に入りのブログで「トリック」が紹介されていて面白そうだったので第一期を見た。そしたらベタベタなノリが私のツボにはまってしまい、一気に全話見てしまった。ちなみに、いつもだったらここで、深夜番組つながりから、深夜番組のドラマといえば特命係長もおすすめだ。特命係長には日本的な美徳や正義、ヒロイズムなど日本文化のエッセンスがつまっているのである!とかなんとか、くだらない話をはじめて、どんどん論点がずれていき収拾がつかなくなって、前置きにならないような前置きをだらだらと書いているうちに、何を書きたかったのかすら自分でもよくわからなくなってきて、思考能力が低下して、最後にやけになってエイっとばかりにブログに公開したあとに後悔する(←あ、ここダジャレね)というのが、私のブログのいつものお約束パターンだった。しかーし、こんな悪習は断ち切らねばならない!。。。少なくとも今日だけでも断ち切りたい(←ちょっと弱気)。ということで、今日は、余計なことは書かずに、直球ど真ん中で「トリック」の話を続けたいと思います。

といっても、「トリック」の内容を取り上げるわけではない。「トリック」から連想される話、つまりシャーマンについて今日は書きたいと思う。なんで、こういう話をするかというと、実は半年ほど前にシャーマンのことについて書いたのだが、次回に続くとか調子のいいことを言いながら、続きを書いていなかったんだなー、これがまた。まあ、私のブログでは、よくあることなので、誰も気にしていないと思うのだが、一応、これでも自分的には約束を先延ばししてしまっていることに少しだけ罪悪感を覚えていたのです。「書く書く詐欺」みたいだからね。まあシャーマンねた以外にも、私のブログには続きを書くといって書いていないネタがごろごろしているわけだけど、一日一善、ローマの道は一日にして成らず、千里の道も一歩から、一日一歩三日で三歩、三歩進んで二歩下がる~ってね(つーか、あいかわらず、うっとうしいね、俺の文章)・・・。まあ、ようするに、とりあえず、一つ一つこつこつと消化していこうと考えていたわけで、そんなときに、「トリック」のドラマを見たので、今回はシャーマンねたを終わらせちゃおうとドラマを見ながら、急に菅さん並みにやる気を出したわけであります。ということで、今日はシャーマンネタをしゃべらせていただきます。ちなみに「トリック」ねたも、以前、軽く書いたことがあるので、そちらも読んでもらえると嬉しいです。その時書いたことは、超常現象を科学的に解明する科学的思考法と解釈学の違いについてみたいなことを書きました。リンクは関連エントリーに載せてあります。

さて、そういうことでシャーマンなのだが、まずはこの「トリック」のあらすじを紹介したい。と言っても、あらすじを書くのは苦手なので、今回もウィキペディア先生にご登場願おう。ただ今回はドラマの内容についていろいろ書くわけではないので、どういう話かということだけサラっと読んで貰えればいいかなと思います。

ある日、上田を山奥の万練村(まんねりむら)に暮らす中森翔平という青年が訪ねてくる。万練村には「カミハエーリ」と呼ばれる霊能力者が村を治める 掟があるのだが、その選定には全国から募集した霊能力者同士を競い合わせる、いわば「霊能力者バトルロイヤル」ともいうべき大会が行われ、最後に勝ち残っ た者がカミハエーリとされるという。そして最近、翔平の祖母である先代カミハエーリが亡くなったため、村では大会が催されようとしていた。参加者の一人で もある翔平から、この因習を止めさせるため、本物の霊能力など無いことを証明して欲しいと頼み込まれた上田は、万練村へ赴くことにする。
一人では心細い上田は、奈緒子を騙して連れて行こうとするも、体よく断られてしまう。実は奈緒子もまた、クビになったステージの興行主から、偶然カ ミハエーリ選びの大会参加を勧められており、優勝者に与えられる村人からの貢ぎ物や隠された財宝を狙って、大会に参加する事に決めていたのだ。
それぞれ別の目的で万練村を訪れるも、結局は鉢合わせしてしまった奈緒子と上田。お互いが知り合いだと知られては困る2人は、財宝を手に入れるために結託し、大会を勝ち抜こうと画策する。
やがて大会が始まり、参加者達は各々が持つ霊能力を披露、自分こそが本物の霊能力者だと主張する。だが一人の参加者・鈴木玲一郎により、大会は凄惨な命の奪い合いへと進展する。

(ウィキペディア)



ということで、村を治める次期霊媒師を選ぶために全国から我こそはという霊媒師に来てもらって一番強い霊媒師を選ぶという話だったのだが、このドラマの中の霊媒師が村を治めるという設定が興味深く、しかも以前のエントリーにつながる内容だったので、そのあたりについて述べてみたい。

まず、このドラマの霊媒師はどのような設定になっていたのかということを確認すると、次のような感じだ。

  1. 妖術で村を守ることによって村人の信頼を得た霊媒師が村を統治してきた。
  2. 霊媒師の妖術のほとんどは偽物のトリックだった。
  3. 霊媒師を世襲制にしてしまうと能力のないものが村を統治してしまう危険があるので、霊媒師を選ぶときは毎回全国から能力のある霊媒師を探してきていた。

なぜこのような霊媒師の設定に着目したかというと、シャーマンがどのように村の指導者になっていったのかということが、このドラマの設定に反映されているように見えたからだ。たぶん、このドラマの霊媒師の設定を聞くと、昔の社会ではこういう霊媒師のような人たちがいてムラとか国家を支配していたんじゃないかなって考えている人が多いと思う。つまり漠然とこのドラマの霊媒師にシャーマン像を重ね合わせ、過去にはこのようなシャーマンがムラや国家を統治していたのだろうと考えたと思うのだ。特に日本では女性シャーマンが村を統治するという設定は馴染み深いだろう。なぜなら卑弥呼の存在を歴史の授業で学ぶからだ。邪馬台国の女王卑弥呼は鬼道を使って邪馬台国を治めていたといわれる。邪馬台国や卑弥呼が実在していたのかどうかも、まだ議論の余地があるわけだが、もし魏志倭人伝の記述が正しかったとするならば、卑弥呼はシャーマンとか聖職者のような存在だったと考えるのが自然だろう。宗教と政治のかかわりは日本だけではない。例えば西洋中世の王国などはキリスト教会の後ろ盾が必要だったわけだし、世界中のいたるところで政治と宗教は切っても切れない関係にあった。まあ、普通に考えれば、科学が発達する以前においては呪術や妖術などを使うものが特別な力を有していたと見なされており、そのような特別な力で国家を統治していたと考えても不思議ではない。

宗教と政治の関連で言えば、呪術研究の第一人者のジェームズ・フレイザーは呪術から宗教に発展して科学になったと想定したわけだが、彼は国家の発達初期に現れた政治的リーダーはシャーマンのような呪術師だったと考えた。これら呪術士たちは呪術を使っていたわけだが、フレイザーによると呪術とは「間違った因果律」を想定した疑似科学に近いものであった。フレイザーの呪術研究は有名なのだが、呪術は大きく分けて、類感呪術と感染呪術に大別できる。どちらの呪術も科学的な根拠はない。つまり科学的には因果関係のない二つの事象に、間違った因果関係を想定して、呪術の効果があるとしているのだ。フレイザーによると、このような呪術を行使する者たちは意図的に民衆を欺いてあたかも呪術に効果があったとしていたので、詐欺師に近い存在であったという。そういう詐欺師に似た呪術師たちが社会を統治していたのだ。

で、それが宗教団体になって・・・(と思ったんだけど、この宗教団体の部分はほとんど思い出せないので飛ばします)、最終的に科学が宗教に置き換わったという進化論的発展仮説をフレイザーは立てたのだ。つまり呪術や宗教と政治は古くから深く関連していたわけである。フレイザーは19世紀後半の近代主義の思想家であり、理性や科学に絶対の信頼を置いていた。19世紀の思想家のほとんどは進化論者であり、キリスト教を完全に排除して人間の理性の究極の形である科学によって素晴らしい社会が創造できると信じていた素朴な近代主義者たちだったので、フレイザーもその路線で呪術⇒キリスト教⇒科学という発展段階説をとっていたわけだ。

まあ19世紀の文化進化論というのは今はすこぶる評判はよくないわけだが、ただ宗教が政治と密接に関わっていたというのは確かだろう。実際、宗教人類学では祭祀王や神権政治などが議論されている。つまり国家形成の初期には(国家以前の首長制社会や部族社会でもそうだが)、神との契約や宗教的な力が王権の正統性を担保していたわけで、そこに宗教や聖職者が深く関わっていたのは確かだと思う。

ただ司祭とか聖職者というのは、シャーマンとは異なる存在である。それは沖縄のノロとユタの違いに見られるという。その違いを研究しているのがシャーマニズム研究の第一人者(だと思う)の佐々木宏幹先生だ(先生と勝手に呼んでいるが面識はない)。佐々木先生によると沖縄の王朝と関係の深かったのはノロという聖職者集団なのだが、その聖職者とは別にムラにはシャーマンが存在していた。それがユタと呼ばれる女性たちだ。面白いことにユタは反権力の存在なのだという。だから権力側には組み込まれなかった。このシャーマンの反権力という特徴はほかの地域でも見られるようだ。だから国家形成の初期においてもシャーマンが権力に組み込まれる可能性は低かったと考えられる。つまりシャーマンが祭祀王になったというシナリオは実は無理があるのだ。なぜシャーマンは反権力の傾向にあるのか。なぜシャーマンは権力側の聖職者集団と対立してしまうのか。そのあたりの話が結構面白いので、ここで一気に結論まで紹介したかったのだが、時間が遅くなってしまったので、次回に続く。

関連エントリー
シャーマン

ドラマ「トリック」に関連したエントリー
「説明」と「解釈」



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専門は考古学です。地理情報システム(GIS)や統計学、空間分析、文化人類学(特に宗教人類学と経済人類学)、社会思想、進化考古学、景観考古学、人文地理学、数理生物、行動生態学などを勉強してきました。CRMや少数民族の文化復興運動についてもいろいろと考えています。最近はサブカルチャー特にオタク文化に興味があります。経済学は大の苦手です。

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