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お葬式は、どうなるのか?

今日、テレビで僧侶派遣業の話をしていた。お坊さんまで派遣されるのだという。ネットで調べたら、結構前から記事になっていたようだ。そういえば、葬儀の多様化というのは、前に聞いたことあったような気がしてきた。それにしても、お坊さんまで派遣とは。。。
なんでも、いくつかの宗派の資格を持っているお坊さんまでいるそうだ。そこまで行くと、お坊さんとかお寺って何なんだろうと考えてしまう(笑)。

俺はお葬式に行ったことはほとんどない。数年前に祖母の葬式に出たぐらいだ。そのときは、親父の希望で、家で葬儀を執り行った。お布施も結構な額にしたそうだ。そのころ、すでに人類学も勉強していたし、宗教や宗教人類学に関して興味を持っていた頃なので、祖母の葬儀はとても興味深いものだった。(もちろん一番の理解者だった祖母の死は、とても悲しい出来事でも、あったのだが)。

その時に強く感じたことは、葬儀とは、この世を去った者のためではなく、残された者の心の安らぎを得るためにしているということだ。死者があの世で喜んでいると感じられることが必要なのだ。だから、お布施をケチらないのは、当たり前であった。むしろ、多くの額を払いたいという衝動に駆られるはずだ。

そこに、おそらく、宗教が権力を握る道ができるのだろう。古来、宗教と政治は不可分な関係にあった。この宗教と政治の不可分性の是非を論じるほどの準備は、今のところないが、とりあえず、最近の日本の葬儀ビジネスは、この点に関して興味深い。なぜなら、葬儀に損得勘定はご法度のはずだし、そこにビジネスが絡んでこられるとは思えなかったからだ。

葬儀というものは、クラ交易と同じように、損得勘定を入れないことにこそ価値が置かれるはずであった。それに故人の意志というものを確かめられない葬儀において、残された家族が出来ることは故人に不満を抱かせないほどに弔ってあげることであろう。故人はなにも言わないし、言ってもくれない。言われたほうが気が楽だということはよくある。残されたものにとっては、債務から解放される安堵のひと時は永久に訪れないのである。常に後ろめたさをもって生きていかなくてはいけない。このような複雑な感情が生じる葬儀という場において、それさえもビジネスにしてしまおうという発想が出てくること事態、とても興味深い現象だ。

さらに葬儀の多様性も興味深い。葬儀の多様性自体に関して、とやかく言いたいわけではない。葬儀が仏式でなければいけないということはない。檀家制度なんて古い伝統でもないのだし、それ以前は仏教と葬式などは関係していなかったのだから、伝統に則ってお寺で葬式をしないといけないなどというのは滑稽だ。だから、葬式の多様化というものに異論を挟むつもりもないし、故人が生前に考えていた葬儀の仕方で葬ってあげることで、残された家族が安らげるのなら、海に散骨しようが、空から骨粉をふらそうが、どんな方法でもいいと思う。しかし、このような方向を突き詰めていったら、将来的には葬儀自体がなくなってしまうのではないだろうか?

葬式にはいくつかの役割がある。マクロ的には、葬式によって村共同体の成員が再結合されるという機能がある。しかし、このような村共同体が、ほとんど消失した今、葬式の役割は専ら故人の訃報を知らせるということだけになっているような気がする?そうならば、葬式など出さなくても、訃報を知らせる手紙と、役所への手続きだけで済んでしまうのかもしれない。だから、葬式などしなくてもいいという考えは、きわめて合理的な結論になるだろう。ただ、世界中を見回して、葬式を執り行わない社会というのは、私の知る限り知らない。おそらくほとんどの(もしくはすべての)社会が葬式という制度を持っている。つまり葬式とは人間の根源的な活動のように感じるのだ。そのような、ある意味、人間としての最低限の活動ですら、損得勘定から廃止されていくのだとしたら、この先、日本社会はどのように変貌していってしまうのだろうか?


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私は、保守主義のコミュニタリアンです。文化相対主義を追求するなら、すべての文化を尊重する保守主義しかないと信じています。ただリベラルと保守はある程度両立する概念だと思っているので、基本的にはリベラルでもあります。なので、自分としては中道右派ぐらいのつもりです。日本が好きです。時々右よりの発言をします。でも危ない人間ではありません。構造主義が好きなのですが、ポストモダンも好きです。あとマルクスも好きです。

専門は考古学です。地理情報システム(GIS)や統計学、空間分析、文化人類学(特に宗教人類学と経済人類学)、社会思想、進化考古学、景観考古学、人文地理学、数理生物、行動生態学などを勉強してきました。CRMや少数民族の文化復興運動についてもいろいろと考えています。最近はサブカルチャー特にオタク文化に興味があります。経済学は大の苦手です。

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