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経済人類学序説1

 「等価交換」と言う単語を聞いたことがあるだろうか?そう、錬金術の基本法則だ。まあ、「鋼の錬金術師」の話なのだが、実は「等価交換」という単語を聞く度に、経済人類学のことを考えてしまう。ということで、ちょっと強引だが、日曜日5時→鋼の錬金術師→等価交換→経済人類学という流れで経済人類学の話が出たので、今回は経済人類学というものを紹介したい。

 いつものように先におことわりしておきたいのだが、今現在、オレの手元には資料になるようなものがないので、オレの脳内(妄想)を元に文章を書いている。だから嘘が混ざっているかもしれないので、ご了承ください。あと、オレの専門は考古学であって、経済人類学や文化人類学は専門ではありません。まあ、考古学に使うので、経済人類学とか宗教人類学などは結構勉強してきているつもりだけど、本物の経済人類学者ではないので、もし経済人類学に興味が出たら自分で勉強してください。おすすめの本は、栗本慎一郎(著)『経済人類学』です。1980年ごろに書かれた本ですが、一回読んだら人生変わります。これを読むと「金」は「排泄物」だったということが納得できるんです(笑)。ぜひ読んでみてください。

 では、経済人類学とは何か?おそらく文化人類学の授業を受けたことがある人は、クラ交易やポトラッチという名前を聞いたことがあると思う。クラ交易は交換行動であり、ポトラッチは再分配のシステムなんだけど、こういう交換行動までを含む、市場(マーケット)を介さずに行われる経済活動全般を研究しているのが経済人類学だ。ただし、学派がいくつかあって、マーケットが発達していない社会でも、損得勘定で交換をすると考えている人類学者もいる。常に損得勘定で動いていると信じているから、現代経済学の理論を使って非市場社会を読み解けると主張している。ただオレがおもしろいと思う経済人類学は、そっち方面ではなくて、もう一つの流れである。それはマルセルモースの贈与論から始まって、カール・ポランニーという経済史の研究者の理論を発展させている学派だ。具体的には、市場経済というものは人類が発達させてきた経済活動のほんの一部でしかないという考えに基づいていて、むしろ交換行動や再配分などの方が人類社会にとっては重要なものだと主張する。そういうことで、今日は交換行動の本質というものを簡単に説明してみたい。

 交換行動というと物々交換を思い浮かべる人もいるかもしれない。はるか昔、お金のなかった時代を考えてほしい。そのころに何かが必要だとしたら、誰かから貰わないといけない。しかしタダでは貰えないだろう。だから自分の持っているものをあげる。もし、自分が余分に持っているモノを相手が欲しがって、相手が余分に持っているものを自分が欲しければ、交換は容易いはずだ。そして、それはwin-winの関係になる。つまり「等価交換」だ。おそらく物々交換とは、このように自分の欲しいモノと相手の欲しいものを交換する等価交換が基本だったのだろうと思う人が多いと思う。つまり何かが必要だから交換するという考えだ。しかし、果たしてこの考えはあっているのだろうか?我々は常に必要なものだけを交換するのだろうか?

 たしかに、古代社会においては、様々なものが交換されていた。特に内陸部では塩などは重要な交易品として海岸部からもたらされたりしていた。しかし、必要なものだけが交換されていたわけではない。自分も相手もそこまで必要ではないものを交換したりする。極端な場合では、自分が持っているモノと相手が持っているモノがまったく同じでも交換したりする。例えば、飲み屋でビールを相手に注いであげて、相手が自分にビールを注いでくれるというのは、まったく意味のない行為だ。お互い自分で注いでしまえば話ははやい。しかし、面倒でも、相手に注いであげて、相手に注いでもらう。それは、ビールを交換する事が目的ではなく、ビールを注ぐ行為を交換する事が目的だからだ。それによって得られるモノは実は人間関係だ。つまり交換行動の重要な側面は、人間同士の関係を強化することなのだ。まあ、簡単にいうと、何かを受け取った人は、お返しをしなくてはいけないという負い目が感じる。その負い目が交換行動を維持する駆動力となる。つまり何かを貰ったら、借りを返さないといけないという感情を持ってしまい、それを返そうとする感覚によって人間関係が維持されるわけだ。

 もしも交換行動の目的が人間関係の維持であるとしたら、交換されるモノはなんでもいいのだろうか?実は、何でもいい。いちばん簡単に交換できるモノは、言葉だろう。よく考えると、挨拶ほど意味のないものはない。言葉には相手に何かを伝えたいという役目もあるわけだが、挨拶には相手に伝えたい情報というものが何も含まれていない。それでも挨拶をする。その理由は、人間関係を維持したいからだ。あなたと私は赤の他人ではないということを確認しているわけだ。つまり何でもいいから交換すると、人間関係が生じてくる。

 もう一つ交換行動で重要な点として、時間差というものがある。何かを貰ったときに、すぐにお返しをしてしまうのは、人間関係の維持に役立たない。つまりある程度時間を置いてからお返しをしなくてはいけない。借りを感じているのが面倒だからといって、すぐにお返しをしてしまうと、相手との人間関係を終わらせたいというメッセージを与えかねない。例えば誕生日プレゼントなどを考えるとわかりやすい。誕生日に何かを貰ったら、その人の誕生日まで待ってからプレゼントを返すのが普通だろう。プレゼントを貰ったからといって、相手の誕生日でもないのに、その場でお返しをしてしまったら、あなたの誕生日には会わないから、今お返しをしておきますねというメッセージをあたえかねない。相手との関係を維持するためにも、お返しはその場でするべきではないのだ。
 
 ではクリスマスプレゼントや年賀状、お歳暮やお中元などはどうなのだろうか?これらは確かに同時に交換されているように見える。しかし、実はそうではない。送る側の人間の頭の中では、前年に送られてきたモノのお返しとして今年何かを送らなくてはいけないという負い目が生じているのだ。つまり、今回送られてくるモノに対して送り返しているわけではなくて、一年越し(お歳暮とお中元は半年後しだが)で、モノを送り返している。それが、たまたま同じ時期に送り送られているだけなのだ。

 もちろん、その場ですぐに返すということが必要な時もある。人間関係を維持したくない(または維持する必要がない)相手の場合だ。一番わかりやすい例は店でモノを買うときだろう。コンビニに行って、モノを買おうとしたら、お金を払って、モノを貰う。つまり金とモノを交換しているわけだが、ここで重要なことは、その場で交換が完了しているということだ。これによって、借りという負い目をまったく感じないで交換する事ができる。つまり客と店員は人間関係を結ばずに交換ができるのである。もちろん、かわいい店員さんと友達になれないというのは悲しいことではあるが、人間関係を結ばずに交換行動ができるからこそ、気軽に買い物ができるという利点もある。さもなければ、面倒な人間関係に巻き込まれてしまうだろうし、極端なはなし、店員さんも必死に客を選び始めるだろう。あなたは臭いからこれを売りたくないが、そっちの人はかっこいいから売ってあげるとか言われたらショックで寝込んでしまう。コンビニに行くたびに、店員さんに選り好みされたらたまったものではない。しかしモノを買うたびに人間関係を作り出さないといけないとなったら、店員さんも必死になってしまうはずだ。やくざや犯罪者のような怪しい人間と親しくしたくはないだろう。結局、店員さんも客も納得できる一番いい解決策は、商売に人間関係を持ち込まないということだ。つまり、その場でお金さえ払えば、相手がどんな人であろうと交換してあげるという方が、相手の人間性などを推し量ってから商売するかどうかを決めるよりも、お互い、はるかに気が楽なのだ。ある意味、人間関係の煩雑さを嫌って農村部から逃げてきた人たちの集まる都市部の自由に似ているかもしれない。その自由を開放とみるか退廃した自由とみるかは人によって違うだろうが。。。

 まあ、こういった感じで交換行動だけでも、いろいろおもしろいことが見えてきます。経済人類学ではこれ以外にも沈黙交易、貿易港交易、ヤップの石貨、クラ交易、ポトラッチ、貨幣の両義性などおもしろいネタがいろいろあります。なので、今週はあと二、三回、経済人類学の紹介をしていきたいと思っています。



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私は、保守主義のコミュニタリアンです。文化相対主義を追求するなら、すべての文化を尊重する保守主義しかないと信じています。ただリベラルと保守はある程度両立する概念だと思っているので、基本的にはリベラルでもあります。なので、自分としては中道右派ぐらいのつもりです。日本が好きです。時々右よりの発言をします。でも危ない人間ではありません。構造主義が好きなのですが、ポストモダンも好きです。あとマルクスも好きです。

専門は考古学です。地理情報システム(GIS)や統計学、空間分析、文化人類学(特に宗教人類学と経済人類学)、社会思想、進化考古学、景観考古学、人文地理学、数理生物、行動生態学などを勉強してきました。CRMや少数民族の文化復興運動についてもいろいろと考えています。最近はサブカルチャー特にオタク文化に興味があります。経済学は大の苦手です。

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